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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

はぁ……ゲーム厄年だ。

オタク趣味

 
 任天堂の『テレビゲーム15』以来、ゲームを遊び続けてきた私は、今年、厄年を迎えた。ゲーマーにふさわしい厄年になったと思う。
 
 
1.まず年初めに『ダライアスバーストCS』が発売された。
 
darius.jp
 
 生まれてこのかた、いちばんお金と時間を積み上げてきたシューティングゲーム、その最高峰の作品が自宅でも遊べるようになったのだ!このゲームをやりこむために急遽ディスプレイを二台揃えて、万全の態勢で発売日に臨んだ。
 
 で、その結果がごらんのありさまだ。
 



 
 『ダライアスバーストCS』には、全1500ステージを攻略する「クロニクルモード」がある。これにハマった私は、ワールドトップスコアを記録した時にもらえる「金色勲章」*1集めに夢中になってしまい、プレイヤー同士のスコア争いに突入した。
 
 今年の3月~4月ぐらいまでは技量の高いプレイヤーが少なく、金色勲章はほとんど取り放題だったが、5~6月頃からプレイヤーの技量が底上げされてきて、甘いスコアではほとんど勝てなくなった。ほんの僅かのミスが勝敗に直結するから、いつも真剣勝負だ。新しい得点パターンの開発も重要で、バージョンアップを怠れば他のプレイヤーに勝てなくなるだろう。
 
 『ダライアスバーストCS』は、いわゆる弾幕系シューティングゲームに比べれば視力を酷使しないので、40代でも遊びやすい部類ではある。それでも、20代の頃に比べれば集中力も直感も鈍くなっているから、自分自身に歯がゆさを感じる。だが、スコアに向上の余地があって、「金色勲章」を取得する余白も残っている以上、まだ私の戦いは終わっちゃいない。
 
 血反吐を吐きながらスコア稼ぎを楽しんでいるような、マゾい状態になっている。辛い。
 
 
2.5月には、スウェーデン産のシミュレーションゲーム『ステラリス』が発売されてしまった。
 
 
www.stellarisgame.com
 
 私には、子どもの頃から遊びたいゲームがあった。それは「恒星系を探索し、良い環境の惑星を見つけたら植民し、宇宙艦隊をつくり、異星人に遭遇したら艦隊戦をやるようなゲーム」だ。これに“近い”コンセプトのゲームは幾つも発売されたけれども、恒星系の探索が乏しかったり、ゲーム開始時点で異星人が見えていたり、艦隊戦のリアルタイムバトルが中心だったり、……とにかく、私が本当に遊びたいゲームとはどこか違っていた。
 
 ところが、『ステラリス』は私のストライクゾーンど真ん中だった! まさに「恒星系を探索し、良い環境の惑星を見つけたら植民し、宇宙艦隊をつくり、異星人に遭遇したら艦隊戦をやるようなゲーム」を、『ハートオブアイアン』や『ヨーロッパユニバーサリス』などで有名なParadox社が仕上げてくれたのだ!
 


 
 私は宇宙のグラフィックが好きだ。惑星や恒星がゆっくりと回転しているグラフィックを眺めているだけで満足できてしまう。だというのに、調査船で惑星探査したり、宇宙艦隊をつくって異星文明と戦ったり、色んなことができてしまう。それも、今まで遊んだどの宇宙ゲームよりも自由度が高く、壮大なスケールで、SFネタてんこもりで遊ばせてくれるのだから、もうどうしようもない。
 
 ゲームギミックも凝っている。ワープ航法と武器は三種類から選べて、それぞれ長所短所があって面白い。政治体制も寛容な民主主義国家~排他的な専制帝国までいろいろで、どれを選ぶかによってプレイ感はだいぶ変わる。
 



 
 名作シミュレーションゲーム『シヴィライゼーション』シリーズなどに比べると、『ステラリス』はプレイヤーの腕前を競うゲームとしてはバランスが悪いかもしれない。でも、私が本当に欲しかったのはバランスの優れた宇宙ゲームでなく、宇宙探索や宇宙艦隊の妄想に耽りながらぼんやりできるゲーム星間国家の“ロールプレイ”に夢中になれるゲーム、なのだった。『ステラリス』を起動させて宇宙をボーッと眺めているだけで私は幸せだ。すばらしく退廃的な遊びだと思う。辛い。
 
 
3.そのうえ、7月下旬に『ポケモンGO』がリリースされてしまった。
 
www.pokemongo.jp
 
 
 位置情報を使ったゲーム『Ingress』がマニアを熱狂させていた頃、私は「これを一般向けに作り直したゲームがリリースされたら、きっと面白いだろうなぁ」と思っていた。『Ingress』を遊んでいる人は皆楽しそうだったけれども、いくつかの点で敷居が高いと感じて、忙しかった私は避けざるを得なかった、のだった。
 
 で、三年ほど待ってリリースされたのが“ポケモン”だったわけだ。なんてこった。やるしかないじゃないか。
 
 『ポケモンGO』は一人で遊んでも楽しいが、子どもと一緒に遊んでも楽しい。ポケモンの捕獲は子どもに任せて、世間の迷惑にならないよう引率し、遠近のポケストップを巡るのは夏休みの社会勉強として役立つように思った。もちろん親子関係の一材料になっているし、子どもと「効率やルーチン」について議論するにも適している。昔からそうだけど、いつだって、ゲームは大事なことを教えてくれる。
 
 それにしても、7月21日というリリース日はよく考えられているなぁと思った。
 
 子どもが夏休み本番を迎える前にリリースすれば、お調子者の大人達が大騒ぎしてくれて、勝手に宣伝してくれるだろう。「ダウンロードができないほど混雑している」のも、一種の通過儀礼みたいなものだ。そういうお祭り騒ぎを経た後に、お盆の帰省ラッシュのシーズンがやって来たのだから、罪作りと言わざるを得ない。『ポケモンGO』でひと夏の経験値を稼いでしまった子ども達は、『妖怪ウォッチ』の事なんて忘れてしまうんじゃないだろうか。
 
 『ポケモンGO』をやるためには、たくさん歩かなければならないわけで、時間も体力も磨り減っていく。子どもを引率する際には気も遣う。面白いけれども身体を壊してしまいそうだ。辛い。
 
 

俺の厄年はゲーム大豊作

 
 こんな風に、私の厄年はとんでもないゲーム大豊作になってしまった。厄年というタイミングで“俺のためにつくられたと錯覚したくなる”ゲームがどんどん発売されるのは、どういう因果なんだろうか。ありがたいことなんだろうか。それとも破滅の罠か。ともかくも三十年以上ゲームを遊び続けてきたから、この、ゲームだらけの厄年にたどり着いたことは間違いない。厄年を迎えても、私はゲーマーなのだ。
 

*1:厳密には「ワールドトップスコアを取得した後、もう一度そのステージを遊ぶ」