シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

地元のオタクショップで『月姫』『東方』を手に入れていた頃

 
togetter.com
 
 リンク先は面白いが、解きほぐすとキリのない話だ。ライトノベルやエロゲ―の歴史的経緯に興味のある人は、読んでみても良いかもしれない。
 
 それはそうとして、文中に「同人ゲームを秋葉原で買った/地方では入手が困難だった」というくだりがあった。
 
 たぶん、ここでいう「地方」にはピンからキリまで含まれるだろうから、地方オタクが『月姫』や『東方』を手に入れる経緯もさまざまだろう。
 
 ただ、昔の出来事は書き残しておかなければ忘れ去られていくだけだ。リンク先を読み、私は自分自身の経験談を書き残しておきたくなったので、以下、ツラツラ書いてみる。
 
 



 
1.私が『月姫』を手に入れようと決意したのは2001年の夏頃だったと思う。夏だとわかるのは、2001年8月発売の『君が望む永遠』よりも先に『月姫』を遊んだと覚えているからだ。私は『君が望む永遠』と『Air』の合間の時期に『月姫』に出会った。
 
 『月姫』の情報はインターネットで早くから目にしていたし、東京方面のオタク仲間からも「『月姫』はできるだけ早く手に入れろ」と勧められていた。ところが、この頃の私は研修医らしい毎日を過ごしていて、いくら情報があっても簡単に上京できない状況だった。
 
 それでもどうにか時間をつくり、秋葉原に出てみると……『月姫』は見つからなかった。この頃は秋葉原に行くたびに“その筋のオタクショップ”を一巡するのが習わしになっていたけれども、『月姫』はどこにも無かった。売り切れていたのだ。
 
 しようがないので、その日はトライアミューズメントタワーでシューティングゲームをやりこみ、新宿で『脱オタ』に役立ちそうな服を買ってから帰途に就いた。
 
 ところが数週間後、何気なく立ち寄った地元のエロゲーショップに『月姫』のディスクが並んでいたのである! それも複数枚! どうしてここにあるんだ? とりあえず驚き、とりあえず買った。
 
 この頃は“中二病”という言葉を使い慣れていなかったし、私自身、中二病傾向がふんだんにあったので、那須きのこ節は心地良く感じられた。アルクェイド編も良かったが、遠野のお屋敷編、特に琥珀編にはクラクラ来た。
 
 思い返すと、この頃が私がビジュアルノベルに惹かれていた最盛期だった。なにせ、約一年の間に『Air』『月姫』『君が望む永遠』を立て続けに経験したのだ! 夢中にならないわけがない。これらの作品と、これらについてオタク仲間と話し込んだ時間は、本当にかけがえのない思い出だ。
 
 
2.2001年の秋は『君が望む永遠』に首根っこを掴まれていた。この作品は、当時の私がエロゲーに抱いていた疑問を具現化したような内容で、滅茶苦茶はまり込んだ。涼宮茜がかわいらしく、幾つかのバッドエンドルートが凝っていた*1のも良かった。
 
 この『君が望む永遠』に集中していたこともあって、私は『歌月十夜』の発売をまたしても見逃した。秋葉原の街を空しく彷徨い、どこにも売られていないことを確認した後、「夢よもう一度!」という感覚で地元のお店に立ち寄ったら、今度は一枚だけ『歌月十夜』が売れ残っていた。店長、ありがとう!「そうか、東京で売り切れていたら地元で買えばいいのか!」
 
 私は、秋葉原のショップで売り切れるタイミングと地元のショップで売り切れるタイミングに数か月のタイムラグがあると気付いた。ということは、私には二度の購入チャンスがあったわけだ。これを活かして、『東方Project』のディスクが品薄だった時期に、私は『東方妖々夢』『東方永夜抄』を地元ショップで購入した。
 
 
3.地元のエロゲー屋は、地元の広く薄いオタクコミュニティの一部分を為していて、店内では知っている顔にしばしば会った。その面子は、地元の「オタクご用達の本屋」の常連や「マニアの集まるゲーセン」の常連ともある程度重なっていて、なんとなしに知り合って、なんとなしに情報交換するようなネットワークができあがっていた。
 
 インターネットの普及率が高くなかった当時は、現在よりもオタクのモノ・情報の中央-地方格差が大きかった(はずだ)。しかし、思い起こすと、私はそんなにモノ・情報に苦労していなかったし、むしろ中央-地方の微妙なタイムラグに救われていた部分すらあった。オタク文化の最先端にキャッチアップできなくても、せいぜい数か月のタイムラグで諸作品を遊べれば私達は幸せだった。そういう状況下で『Fate/staynight』も『CLANNAD』も買った。そして皆でワイワイ語り合いながら遊んだ。だから東京のオタクを羨ましがる人は地元にはおらず、私自身、東京と地元、それぞれのオタクコミュニティには微妙に違った文化と特性があってどちらも良いと思っていた。
 
 まあ、それから数年の間に色々なことがあって、地方オタクの歳の取り方と、首都圏の人脈について - シロクマの屑籠なんてものを書くのだけれども。
 
 
4.思い起こすと、十数年前に私が地方在住のオタクとしてそれなりコンテンツを愉しめていた背景には、地方の各種オタクショップと、その店員さん達の尽力があったのだと思う。
 
 ゲーム分野の相当部分は地元ショップに頼っていたし、紙媒体onlyだったコミケカタログは「オタクご用達の本屋」で購入できた。マニアが集うゲーセンもそうだが、それぞれのお店には地元マニアの生態系の要石のような店員さんが存在し、コミュニティの存続に大きな役割をはたしていたと思う。
 
 ただ、そういった地元のショップや店員さんの存在感は少しずつ遠くなっていった。
 
 私がインターネットや東京のオタクに多くを頼るようになっていった時期と、地元ショップが潰れていった時期はだいたい重なり合っている。皆がインターネットや東京に頼るようになったからショップが潰れたのか? それともショップが潰れたからネットや東京に頼るようになったのか? そのあたりはわからない。
 
 ネット通販やSNSのおかげで、利便性という点では、あの頃よりもずっと便利になり、中央から伝わってくるモノ・情報のタイムラグも縮まったとは思う。ただ、今より不便だったあの頃にも、あの頃なりの愉しみがあり、あの頃なりのネットワークがあり、なにより、コンテンツを愛する人々がいた。その日々を私は忘れたくない。そういう状況があったことを書き残しておきたいと思ったから、これを書いた。
 
 『月姫』や『東方』を買ったあのショップは、数年前にシャッターを降ろしてしまって、それっきりである。
 

*1:いや、あれがトゥルーエンドと言う人もいただろう