シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

もし「日本一萌えに詳しい精神科医」が空位になったとしたら

 
 2000年前後だっただろうか。斉藤環先生は「日本一萌えにくわしい精神科医」を名乗っておられた。それから十数年の時が流れ、twitter上に以下のようなメンションを見かけた。
 
 

 
 もう「萌え」も死語と言って差し支えないけれども、私も「萌え」という単語とはずいぶん長く付き合ってきた手前、「日本一萌えに詳しい精神科医」という称号は欲しい。斉藤先生がお捨てになるのなら、私が拾っちゃっていいんだろうか。
 
 90年代から「姫川琴音ちゃんが、も、萌えるよね」などと赤面してドモりながら呟いてきた私としては、2000年頃からこのかた「本当に日本一萌えに詳しい精神科医は、俺だー!」と一心不乱に思い込みながら研鑽を重ねていたわけだけど、当時の私がそのように叫んだところで誰にも声が届かないのは明らかだった。ネットアカウントが脆弱で、そもそもネットメディア自体がアングラで、単著も無かった当時の私が吠えたところで誰が相手にしただろうか。そんな事をする暇があったら勉強すべきだと思った。
 
 「斉藤先生の“萌え観”は一世代前の視点に立脚していて、私が体感している萌えの現場とは違うんじゃないか」と思っていた私には、そのことが悔しく、いつか先生とは違った議論を提出してみたいと思っていた。私がブログを綴り、書籍の出版にまで漕ぎ着けた何%かは「あの先生に追いつき、追い越したい」という思いがあればこそだった。その全部ではないけれども中核部分は『ロスジェネ心理学』や『「若作りうつ」社会』に組み込めたから、私の妄念もあるていど成仏したとは思う。そもそも、「男性オタクが二次元美少女に萌える」という文字列自体が死語の行列になってしまったことで、オタク精神科医という称号も浮世から遠くなってしまった。
 
 そして斉藤先生は次のステージへと移行なさり。十数年前の斉藤先生に匹敵する学識・臨床力・発信力を現在の私が身に付けていないことを痛感する日々が続いている。
 
 
 遠野美凪「「日本一萌えに詳しい精神科医」という修辞に意味はあるのでしょうか。」
 
 
 くっ……。歳月が流れたのだ。そして私は今を必死に生きている。これ以上の生は無く、これ以下の生も無い。先達の背は遠く、私自身もオタク精神科医を自称するにはいささか年を取った。
 
 ああでも、私はまだ「インターネットおじさん精神科医」を名乗ることはできそうか。
 
 ふふふ、執着ですね。私はすでに死に体だが。それでも過去の斉藤先生の姿が私を触発したのと同じように、年下のインターネットおにいさん精神科医の誰かを「先行世代のシロクマめ、俺にもモノを言わせろや」と触発するような私になりたいという気持ちはある。それも、はたして、可能だろうか。修練したい。