シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

面白いことブログに書かなきゃ死んじゃうよ

 


 
 この問いかけには、「私はブログに自分が面白い*1と思うことしか書いてないから、どんどん過去ログ読んでね!」と答えます。
 
 私の場合、ブログの第一読者は自分自身なので、自分が面白いと思わないものを記事にする動機がなかなか得られません。ブログ外との連携で「やむを得ず書く記事」でさえ、できるだけ自分が信じる面白さに「寄せて」書くようにしていますし、そうするのが(私のブログの場合は)「正しい」とさえ思っています。
 
 よく、ブログを長続きさせる秘訣は書くことを楽しむことだ、と言われるけれども、そもそも、書くことが楽しくなる秘訣は、自分が面白いと思っていることを書くことであり、自分がつまらないと思っていることを書かないことだと私は思います。書いて面白い、読んで面白いものを書いている限り、モチベーションが切れるってことはまずないし、そこにはてなブックマークが10~20も付けば脳内麻薬がガンギマリですよ。
 
 だから、私の関心を惹く事象すべてがブログに書いてあるわけではないけれども、ブログに書いてある事象は私の関心を惹くことである、とは言えるでしょう*2。もし、私のブログが散らかってみえるなら、私が面白いと思っていることも散らかってるってことですね。『シロクマの屑籠』ってブログタイトルは名が体を表していて、ここは、私が面白いと思えるアウトプットを丸めて投げ込んでおける屑籠なのです。
 
 あと、ブログに自分が面白いと思うことばかり書くと、ブログを通読する人、ブログの過去ログを遡る人に私という人物の多面性や統一性を(いくらか)知って頂けるんじゃないかと私は期待しています。おのれの執着をズラズラーっと並べたほうが、「ああ、この人はこういう人なんだな」ってのがわかって頂きやすいんじゃないかと思うんです。
 
 何年も前から、「ブログは記事単位で読まれるのであって、人単位で読まれるものじゃない」的なことが言われてきました。まあ、大筋としては事実でしょう。それでも、すべての読者がブログを記事単位で読むわけではありません。過去ログを遡って読んでくれる人もいれば、定期購読のようなかたちで読み続けてくださる人もいます。記事単位で読む人でさえ、「ああ、またこのブログか!」って自然に覚えてくださる人だっているわけですから、ブログは意外と“点”としてではなく“線”として読まれることもあると思うんですよ。そうやって、「このブロガーはこういう奴」という“印象”がかたちづくられていく。
 
 そのプロセスに対して、繕ったキャラを魅せたい・演出したいなら、みせたいものをみせるべく、ブログに演技を書くべきでしょう。でも、私はそんなのまっぴらごめんで、私という精神の多面体の、凸凹したところ・偏ったところ・長短併せ持ったところを、そのままブログに投げ出したいし、ご覧いただきたいと願っているのです。
 
 うわ、こうやって書いてみると変態みたいだ……。
 
 しかしまあ、その「ありのままのシロクマをみせるのよ」的な態度によって、ブログが一種のヒーリング効果を獲得するというか、私だけのひとときを過ごせるダッシュボードとして機能しているように感じられるわけですよね。BLOGOSさんやハフィントンポストさんに転載されることを意識した記事を作っている時でさえ、「ここは『シロクマの屑籠』だからオーケーだ」って思いながら文章を綴れるのはありがたい限りです。
 
 演技派ブログで消耗している人は、私みたいな、癒しのブログライフに方向転換してみては?
 
 このブログをいつも読んでくださる人は、記事を読むだけでなく、私の執着や私の性格偏向にも多かれ少なかれ触れるんですよ! へっへっへ! それで苛立つ人もいれば、それを面白がってくださる人もいるとしたら……すごくブロガー冥利に尽きることだと私は思います。 

*1:ここでいう面白いには、興味深いとか、関心がある、というのを含みます

*2:言及には、かならず執着が含まれる、という私の信念ともこれは合致するものです