シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ザ・インタビューズが終わってホッとした

 
 THE INTERVIEWS サービス終了のお知らせ
 
 
 ネットサービスの終了をお祈りするのは行儀が悪いと承知しているんですが、ザ・インタビューズの終了には胸のすく思いがしました。個人的には、この調子でAsk.fmさんも視界から遠のいてくださると都合が良いんですけど。
 
 ザ・インタビューズが登場した時、数多のブロガーやツイッタラーが飛びつき、さも気持ちよさそうに質問に答えていました。私には、それが承認欲求を充足するイージーな手段のようにみえて、とても羨ましく、けれども浅ましく思えたんですよ。「ちぇっ!あんなにもったいぶって質問に答えて!俺様にでもなったつもりでいやがるのか!」って。
 
 インターネットにおいて、誰かに何かを質問され、それに答えることは一つの快楽です。ザ・インタビューズやAsk.fmは、そうした承認欲求の応酬をイージーに成立させるネットサービス(のひとつ)でした。質問されるのは質問者に注目されていることの証だし、質問を返される側もまた、質問に答えて貰える限りは承認欲求が充たされる。ひどい質問でない限り、承認欲求の次元ではwin-winなサービスと言えるでしょう。
 
 でも、この「win-win」には落とし穴があって。
 
 確かに承認欲求は充たされるでしょう。大人物にでもなったかのような面持ちで質問する人間・答える人間が沸くぐらいには、承認欲求がガーッと充たされるサービスと言えます。問題は、そうやって承認欲求を充たし合ったからといって、そこで生まれた充足感やコミュニケーションが何を産むんですか? って点です。
 
 短いセンテンスからなる質問をし、質問に答える。それで完結してしまっているこれらのサービスは、一回一回の応答で心理的に充足して、それっきりです。なかには「予測していなかった質問にインスピレーションを受けて、良いきっかけになった」と答える人もいるかもしれません。でも、私の知る限り、ザ・インタビューズもAsk.fmも、ついつい答え過ぎてしまうというか、回答者が「質問に答えたい欲求」に引っ張られているように見えてならないんですよ。
 
 それじゃまるで、ネットサービスの仕組みにいいように踊らされて、承認欲求とインスピレーションの火花をダダ流しにしているみたいじゃないですか。インスピレーションイーターですよ。
 
 しかも、あれらのサービスは他人と縁を紡ぐには向いていません。質問と回答を繋ぐだけ。ブログやSNSのほうが人と人とを繋ぐ可能性があるでしょう。
 
 

「ねえ、火花で終わっていいんですか?」

 
 どんなに優れたインスピレーションも、火花は所詮火花でしかありません。一瞬のひらめき・一瞬の応答によって得るところはあるかもしれない。でも、火花が閃いて、そこで考えるのをやめてしまったらそれっきりです。
 
 思考にせよ研究にせよ創作にせよ、火花が火花でなくなり、あるていど形をもったアウトプットやプロダクツになるためには粘りが必要です。粘り強い思考が伴ってはじめて、インスピレーションはキチンとしたオピニオンや創作物に成長するのだと思います。あるいは、そのような成長したオピニオンや創作物の周辺にいくつもの火花が付随することでますます大きなオピニオンや創作物へと成長していくか。
 
 ところがザ・インタビューズやAsk.fmのようなサービスって、インスピレーションの段階を飛び越えるのが難しいと思うんですよ。SNSやブログも難しめだけれども、輪をかけて難しいように思えます。質問に答え過ぎないようにしなければ承認欲求に溺れてしまうし、かといってスルーし過ぎれば質問があまり来ないようになってしまうか、どちらにせよ、なにかを粘り強く育てるには不向きな場所だとは思います。
 
 そのくせ、一丁前に「何かを考えてやった」「うまいこと言ってやった」的な感覚と承認欲求の充足感があるわけですから、性質悪いですよね。火花が散って、それでおしまいなのに。
 
 twitterやFacebook、ブログ等にも共通した問題ですが、1つか2つのセンテンスで思考と承認欲求が行き止まりに到達してしまうのって、ある面では効率が良いけれども、別の面として、可能性を殺しているところがあるように私には思えるのです。それらのサービスを使うな、とは言いませんが、それらのサービスに振り回されているうちに、火花を散らして才能や時間を無駄遣いし、「火花の人」で終わってしまうのは悲しいように私は思います。
 
 加えて、そういう火花を散らすのに適したサービスに皆が夢中になるあまり、「火花名人」みたいな才能ばかりが目立って、「粘りのある思考ができる才能」「着火に時間がかかるけれども大爆発を起こせる才能」が隠れてしまうのも、物寂しいところです。
 
 あ、いや、火花名人しか目指していない人達にはどうでもいいかもしれませんし、私だって今こうしてブログ上で火花を散らし腐っているわけですけど。
 
 

目の毒は遠ざけたい

 
 まとめると、「サービスの力を自分の力と勘違いしてのぼせ上がるのはバカバカしいけど、そういうサービスが目の前にあると目の毒だから俺が困る」といったところでしょうか。
 
 私は、うかうかしていると調子に乗せられて裸踊りを踊ってしまいかねないお調子者なので、ああいう、承認欲求ががっしり充たされて、インスピレーションを空回りさせて有頂天になりやすいサービスって、本当に怖いんですよ。ああいうサービスに時間や思いつきや労力を食われ、身も心もスポンジみたいになっちゃうのはおっかない。
 
 どこまでインスピレーションの源として利用し、どこから粘りのある思考にリソースを割り振るか、そのへんも考えてインターネットしないとスカスカになりそうです。