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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

病名告知の向こう側――精神科ならではの面白さと難しさ

コミュニケーション

 
 久しぶりにmedtoolzさんをtwitterで見かけたので、前から言及したかったこちらを。
 
 クレーム対処について - レジデント初期研修用資料
 
 リンク先の文章は、患者さんや家族の人からのクレーム回避・リスク回避のための知恵が満載で、とても興味深い。「共感」「傾聴」などというテンプレート的アドバイスでは対処困難な情況に際して、「できません」「知りません」「すいません」といった言葉をきちんと使うのは大切だと改めて思った。簡単ではなさそうだが。
 
 それは置いといて、内科では当てはまりそうでも精神科では当てはまりにくそうなところもあり、診療科の違いに思いを馳せずにいられなかった。それは以下のフレーズだ。
 

 病状の説明や、病気それ自体に関する説明は、丁寧に行わなくてはいけない。病気自体に関する説明は、それがどれだけ面倒であっても必ず有限で、丁寧に対処すればいつか終わる。際限もなく終わらない可能性にいらだってしまうと、相手を不快にしてしまう。たとえば肺炎の患者さんを5人受け持てば、肺炎の話を5回繰り返すことになるけれど、これは我慢して同じ話を丁寧に繰り返さなくてはいけない。
 (クレーム対処について-レジデント初期研修資料 より抜粋)

 
 内科にとっての肺炎と同じように、精神科にもポピュラーな病気が存在する。うつ病もそのひとつだろう。典型的なうつ病の患者さん(とその家族)には、休息、薬物療法、統計上の今後の見通しなどについて、似たようなことを伝える。このあたりは、精神科といえども違わない。
 
 ところがうつ病の場合、ここからが勝負で、うつ病の患者さんがうつ病に至った背景や要因は十人十色で、同じ人は一人としていない。また、そういった背景なり要因なりに自覚的な人もいれば、ほとんど無自覚な人もいる*1。このあたりの十人十色っぷりを踏まえずに「うつ病です。休息してください。これこれの抗うつ薬を飲んでください」と伝えただけでは、うつ病は治りにくいか、治ってもぶり返しやすくなってしまう――ストレスへの対処なり過剰に神経を遣う背景なりをほったらかしにして、休息と服薬だけをすすめるのは、草刈り機で草の表面だけ刈り取るようなものだ。根っこにあたる部分にアプローチするものではない。
 
 で、うつ病を発症する人には、メンタルヘルスを損ねやすい“泣き所”がしばしば潜んでいる。“泣き所”は、患者さん自身の身体や性格にある場合もあれば、患者さんを取り囲む人間や環境に因ることもある。話し合えばどうにかなるものもあれば、どう頑張ってもどうにもならないものもある。そういった、個人それぞれの“泣き所”を検討し、(もし可能なら)改善させるようなアプローチをどこまで出来るのかも、うつ病治療の腕の見せどころだと思うし、見逃す手は無い。
 
 理解力の問題もある。うつ病を発症する人のなかには、理解力の高い人から、理解力の低い人もいる。合理主義的思考と情緒のバランスもさまざまだ。また、うつ病そのものによって理解力が低下していたり、思考内容がネガティブに染まりきっていることも多い。このため、患者さんのコンディション如何によってはインフォームドコンセントが限定的にしか成立しない、という事態が発生する。そういう場合、もちろん家族への説明は行うにしても、家族がいないケースや(認知症などで)家族自身の理解力が障害されているケースもあるので、家族さえいれば大丈夫というわけにもいかない。
 
 そんなわけで、うつ病のインフォームドコンセントには、テンプレートでは片付けられない、患者さんそれぞれの事情や背景を踏まえたアレンジメントが求められる。患者さんごとの個別的な事情や背景を踏まえて、その患者さんに最適な説明はどんな感じなのか、今、どこまでどんな風に説明するのが望ましいのかを、ひとりひとり手探っていかざるを得ない部分が、やっぱりあると思う*2
 
 

  • 精神科の面白さと難しさと恐さ

 
 近年、精神医療の世界でも統計的なエビデンスに基づいた治療が重視されるようになり、病気の分類や薬物選択にデータがフィードバックされるようになった。しかし、病気の分類や薬物選択が統計的なエビデンスに基づくようになったからといって、患者さんごとの事情や背景といった、個別性の問題を無視して構わなくなったわけではない。もちろん個別性の問題は頭部CTやMRIには映らないし、採血したってわからない。問診やコミュニケーションに時間や技量を費やすしか、アプローチのしようがない。
 
 でも、すべての患者さんごとの事情や背景の違いを知り、そこらに配慮した説明なりアドバイスなりを考えていけるところが、精神科独特の面白さであり、難しさでもあると思う。もちろん恐さでもある。診断すること・薬を選ぶことが重要としても、「その人を知り、その人に合わせた会話や関係を模索していくこと」までもが治療の行方になにかしら影響を与える――たぶん私は、そういう精神科のアナログな手触りが好きで、好きだからこの仕事に興味を持ち続けていられるんだろうな、と思う。
 

*1:なかには過剰な自覚を持っていること自体が問題になる人さえいる

*2:ここではうつ病について書いた。しかし、うつ病は、少なくとも症状に関しては比較的似通ったところのある精神疾患だから、まだテンプレートにゆだねられる部分が大きい。統合失調症の場合は、患者さんごとの症状のばらつきや予後の差はさらに大きく、説明する側も、説明を聞く側も、なにかと大変