シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

これからの凡人道

 
 新年あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。
 
 抱負がわりに、今、意識してまとめていることを書きます。
 
 これまで私は、凡人道に興味を持ってきました。範疇的に生きていくための方法論や処世術や仕草、そういったものです。
 
 自己実現が叫ばれていた時代からこのかた、生きていくための方法論や処世術はあまた語られてきました。しかしそうした人生の青写真の多くは――実現可能性はさておき――煌びやかなものであったり、特殊な刻印を背負った人を対象にしたものだったりしました。
 
 しかし、世間に存在する人生の大半は、メディア上で語られてきたような煌びやかな人生とも、特殊な刻印を背負った人生とも違っています。「普通の人生」などというと空集合のように響きますし、「構成要素のすべてが平均からなる人生はものすごく珍しい」のも事実ですが、ひとつふたつみっつ程度の目立つ要素をのぞけば、あとは範疇的なワークスタイルや家族関係と言って差支えのない人生はごまんとあります。
 
 そのような過半数の人生-群に共通する、ありがちなテンプレートを前提とした方法論や処世術は、メディアの上ではあまり語られず、さほど注目されずにいました。キラキラした生き方指南・不特定多数からモテるための方法論・特殊な刻印を背負った人のための処世術……需要も供給もそちらに傾いてきたわけです。
 
 それらの需要があるのは認めますし、これまで同様、きっと誰かが語り続けるでしょう。それでも、特殊な刻印を背負った人とてせいぜいひとつふたつみっつ程度しか背負っていない人のほうがやはり多数で、テンプレート的な処世からさほど逸れずに生きることのほうが多いなのです。
 
 そのような多数のための凡人道とは、過去においては、語られる必要がなかったのかもしれません。地域ごとに多少の違いはあるにせよ、語られるまでもなくテンプレート的な生き方は「そこ」にあり、示されるまでもなく目に触れたのかもしれません。また、そのような凡人道が強制力を伴い、「抑圧の源」として克服されなければならない情況もあったでしょう。
 
 ですが、ここ数十年の間に価値観の多様化が進み、諸格差があらわになり、なにより、私達の人間関係の紐帯がドライで限定的な、“ブロック経済”っぽくなった結果として、テンプレート的な生きざまとは何か・多くの人に適用できる処世術とはどんなものかが、捉え難くなりました。だからでしょうか、昨今は「普通がわからない」「普通は普通じゃない」といった言葉をよく耳にします。
 
 「普通は普通じゃない」のは、私達が本当に多様な価値観を持つようになったからでしょうか。それとも、お互いの生きざまを眺めにくくなったことで、価値観の相違に許容がきかなくなったからでしょうか。それとも、全部諸格差のせいと看做して構わないのでしょうか。
 
 さておき、現在の(オープンな)メディア上で凡人道のロールモデル的なものを発見し、参考にするのは簡単ではありません。なぜなら、そのような範疇的な生きざまや処世術は、メディア上にそう簡単に顕れないからです。「メディアに向かって語る」という行為自体、たぶんに凡人道を妨げ、ときに有害ですらあるわけで、凡人道を究めてうまくやっている人の言葉はクローズなネットワークから出てきません。それどころか、凡人道の王道を自然に身に付けている人ほど、みずからの処世術をわざわざ言語化しようとは思い立ちません。
 
 仕方のないことですが、私は勿体ないと思います。
 
 範疇的なライフスタイル。幾つもの平均を背負った人生行路のテンプレート。そういったものに照応した価値観。もっと語られてもいいのではないでしょうか。そして過去の私のような、凡人道を歩きたいと思っていても何度も道に迷うような人間に「凡人道ここにあり」とヒントを提供するような情報源があったっていいと思うのです。
 
 あえて教条的な物言いをするなら、非凡な生き方や特殊な生き方を知るには、平凡な生き方・範疇的な生き方が明らかになっていなければならないのだと思います。「多様化が進んだ現代社会においては、平凡もテンプレートもないよ」という言葉はそれらしく響きますし、諸格差による相違はもちろんあるでしょう。尖った人が尖ったまま生きやすくもなったのは事実です。だからこそ私は、さほど多様化していないもの・まだ多くの人が抱いている共通点・エリートやオピニオンリーダーが率先して語らない凡庸の輪郭を知りたいし、そういうものに惹かれずにはいられないのです。
 
 せいぜい、ひとつふたつみっつ程度しか特殊な刻印を帯びず、意外とテンプレどおりな私やあなたは、どんな凡人道を宿していますか。どんな「普通っぽさ」を抱えていますか。諦めの悪い私は、そういう事を今年も追いかける所存です。