シロクマの屑籠(夏休み体制中)

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

おじさんの集まるオフ会に出席した

 
 先月末、おじさんがたくさん集まるオフ会に出席して参りました。
 
 オフ会というのは不正確で『ぼくらのクローゼット』の集いに出席してきたんですけどね。
 
 私はこれまで散々オフ会に出席してきましたが、平均年齢が40歳を超えていそうなオフ会はこれが初めてでした。一番若い参加者が、ブロガーのズイショさんとチェコ好きさんで、それでもアラサーぐらい。最年長のかたに至っては“やがて還暦”というご年齢だったんですよ。
 
 でも、そういう年齢のオフ会なのに、私は不思議な懐かしさを感じていました。なぜなら1990年代の私は年上のほうが多いオフ会に出席することのほうが多く、人生の先輩達の言葉をオフ会でたくさん聞いていたからです。ところがここ数年、年下のほうが多いオフ会に出席する回数がすごく増えてしまいました。
 
 「自分がオフ会の平均年齢より上か、下か」は一概に良し悪しを言えるものではありませんが、久しぶりに人生の先輩方のお話をオフ会で拝聴できたように思います。
 
 『ぼくらのクローゼット』は、おじさんの服飾やライフスタイルをメインテーマ*1にしたブログ集合体です。今風の言い方をするなら「オウンドメディア」にあたるんでしょうか。その手の定義はわかりませんが、とにかく、このブログ集合体には年齢高めな投稿者が集まっていて、それがそのままオフ会の風景にも反映されていたと思います。
 
 そこには「若者」はいませんでした。
 
 誰も彼も、一定の年季が入っているんですよ。
 
 もちろん歩んできた人生は千差万別、喋る事も書く事もまちまちです。ただ、参加者の皆さんからは、テコでも動かないような堅さ・根深さみたいなものが感じられました。
 
 若者は感受性が高く、あらゆる刺激にも強く反応します。それが若い感性の瑞々しさってやつでしょう。しかし、刺激によって何者にも変わり得る人間は、まだ何者にもなっていない人間でもあります。何者にもなれるからこそ、そこには確固たるアイデンティティも、そのアイデンティティの基盤となるような累積も存在していません。
 
 しかし、不惑を迎えるぐらいになってくると、どうにも積み重ねがあるわけで。官業に勤め続けてきた人には官業なりの蓄積が、転職の多い業界で働いてきた人には転職の多い業界で働いてきた人なりの蓄積があり、キャリアの面でも人格形成の面でも処世術の面でも、もはや蓄積を覆せません。どのような人生を歩んできた中年も、これまで歩んできた軌跡からは逃れられないのです。
 
 「転職の多い業界で働いてきた人には人生の固定などあり得ない。その人は自由な人間だ」とおっしゃる人もいるかもしれません。でも、私は違うと思います。なぜなら、四十歳まで流動性の高い職種で働いてきた人には、「流動性の高い職種で働き続けてきた」というキャリアと、それに即したノウハウや思想が既に身に染みついているからです。
 
 なるほど、彼はこれからもフレキシブルな働き方を志向するかもしれない、けれどもそのフレキシビリティ志向自体が、もう簡単には変更できないものじゃないですか。そしてそれがみずからのライフスタイルとして・アイデンティティ構成要素として刻み込まれているのです。もし、そのような人が流動性の低い堅苦しいライフスタイルに路線変更しようと思ったら、相当なアイデンティティの揺らぎを経験しなければならないと思います。
 
 こう書くと、積み重ねやアイデンティティの確立が悪いように思えるかもしれません。が、今回のおじさん中心な集まりに参加していると、それも良いんじゃないか、と私には思えました。
 
 例えば、この会には川崎貴子さんというスキルフルな女性が参加しておられたんですが、この方の執筆方針などを聞いていると、「ああ、この人は自分が積み重ねてきた経験とスタンスを大切になさっているな」と伝わってきました。彼女には彼女の意見、スタンスがあり、経験があり、世間に色々な反論や異論があったとしても自分がこれだと思う attitude で生きていくのだろう――そういう芯の強さみたいなものが感じられました。川崎さんのスタンスや経験は、つむじ風が吹いたくらいでは変わるまい、と。
 
 他のおじさん参加者達にも同じことが言えます。悪く言えば「固定的」なのかもしれないけれども、多少の刺激ぐらいでは動揺しない安定性があり、なるほど、ライフスタイルやメンションに「そのひと自身」が堅く宿っている気がします。「みんな、腰が据わっているし自分の意見・ノウハウを持っているなぁ」――これを中年期のデメリットと捉える人もいるでしょうけど、メリットとする余地も大きそうですね。
 
 そして、アラサーのズイショさんやチェコ好きさんにも、そうした腰の据わりの前触れみたいな気配が漂っているのでした。やはり、二十代前半の男子や女子とは様子が違うな、と。
 
 こういう年齢帯のオフラインミーティングだったので、ディスカッションも二十代ばかりのソレとは随分と雰囲気が違ったと思います。
 
 オピニオンの応酬はあってもお互い泰然としているといいますか。良い意味での“ポジショントーク”っていいますか。「あなたはあなた、私は私」みたいな割り切りを下敷きにしてコミュニケートしているところがあって、あまりハラハラしません。若者同士のディスカッションには、しばしば、お互いのアイデンティティを食うか・食われるかみたいなムキっぽさや切迫感が宿っていましたが、もっとサバサバした雰囲気で議論が進行していくように感じられました*2。はてなブログ界隈にありがちな「喰うか?喰われるか?」みたいなブログファイトも良いけれども、おじさん・おばさん同士のやりとりは、これぐらいの湯加減でちょうど良いのかもしれません。
 
 もちろん、全裸中年おじさん(おばさん)同士の「喰うか・喰われるか」も、それはそれでブログ興行として需要がありそうですけど。
 
 

  • 「普通のおじさん」の叫びや呻きや息づかいが感じられるメディアが欲しい

 
 そのような集いのなかで私は「『ぼくらのクローゼット』で、普通のおじさんの叫びや呻きや息づかいが感じられるといいですね」みたいな事を申しました。実際にそのようになるかはわかりませんが、私個人としては、そういうのも素敵だな、と。
 
 たわわにコンテンツの実るインターネットには、まばゆいばかりの自己表現や男女のドロドロがひしめき合っています。オタクカルチャー・ギークカルチャーの記事ばかりだったのも過去の話で、現在では週刊誌的な記事も揃っています。豊かになりましたよね。
 
 でも、現在のインターネットには「普通のおじさんの悲哀」や「普通のおじさんの喜び」を綴った文章や動画ってあんまり無いと思うんです。若者、または若者モドキがハイテンションをキメてるコンテンツは沢山あるし、おばさんやおねえさんのジェラシーが結晶化したコンテンツもたくさんあります。でも、おじさん、特に普通の・落ち着いたおじさんの情感はどれぐらい存在しているでしょうか。
 
 いや、小さな日記ブログ等を訪ねると、そういう文章に出会わなくはないんです。でも、トラフィックの中央付近に(良い意味で)普通なおじさん・おばさんの情感が現われてくることはあまりありません。そういう情感を巧みに語ってみせるキャラクターも、あまり見当たりません。
 
 や、おじさんの悲喜劇を“上演”してみせる人ならなくもありませんよ? たとえばフミコフミオさんのブログなどは見事だと思います。
 
 でも、こうした“アクター”の表現には磨きがかかり過ぎていて、「生きたおじさん・おばさんが語らっている」コンテンツとは、若干方向が違うような気がします。
 
 だからもし、『ぼくらのクローゼット』に、普通なおじさん・おばさんに近い帯域のメンションが現れ出てきたら、それは素敵なブルーオーシャンだと思ったのです。
 
 まあ、普通なおじさん・おばさんは、それで社会適応が完結しているので文章をなかなか綴らないかもしれず、表現力を磨く余裕も無いでしょう。私にそれが出来るかと言われたら……「お前のようなブログマニアが普通のおじさんなものか」と言われてジ・エンドのような気がします。それでも、自分自身に宿っている「ありふれたおじさん属性」に近いエッセンスを『ぼくらのクローゼット』で吐露してみたい、とは思ってます。せっかく異なる表現の場があるのだから、自分のブログで裸踊りするのと違ったことをやらないともったいない。
 
 

  • 普通のおじさん・おばさんのロールモデルなきメディア

 
 私は、現在のマスメディアやインターネットメディアには、“普通な”――“範疇的な”と言い直すべきでしょうか――おじさん・おばさんのロールモデルが乏しい、と感じています。ファッション誌やTVタレントが提示するロールモデルはとっくに失効しているし、本当に巧く生きているおじさん・おばさんの情感をテレビドラマが反映しているとは、まったく思えません。結局、おじさんおばさんのなかでも自意識の過剰な人々や個人消費主義に傾倒し過ぎている人々が、メディア上では目立ちやすいようにみえるのですよ。もっと腰の落ち着いたおじさん・おばさんの喜びや悲しみ、あるいは溜息みたいなものを上手にまとめたネットメディア(やコンテンツ)って出てこないものですかね? 潜在的な需要はあると思うんですけど……。
 
 少なくとも私は、そうした“普通の”おじさん・おばさんのロールモデルに近い何かを『ぼくらのクローゼット』のオフ会で体験したように感じました。断っておきますが、これは否定的な意味ではなく、肯定的な意味ですからね? 加齢臭の漂いそうなオフ会。それもまた良いものではないでしょうか。
 

*1:実際はもっとゆるい感じですが

*2:ただしこれは、参加者の皆さんが主張の可否と相手の立場を弁別できる方ばかりだったせいかもしれません。恵まれたメンバーでした。