シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「経験の質vs量」について

 
経験は“数”ではなく“質” 働き盛りこそ丁寧に経験値を稼ごう - リクナビNEXTジャーナル
 
 リンク先に寄稿した文章は、「経験稼ぎは量だけ追求するだけじゃダメ。質の追求も大切」って内容で、割と当たり前なことを書いたつもりです。しかし世の中を見渡すと、その当たり前のことを当たり前としてみていない人・実践できていない人が結構いるんですよ。経験の量にこだわるあまり、自分自身のコンディションを蔑ろにし、粗雑な経験稼ぎをやらかしている人には、ああいう振り返りは必要だと思っています。
 
 ところで今更ですが、人間の経験稼ぎってすごく“特殊”ですよね。あ、いや、ここでいう“特殊”ってのは、コンピュータゲームなどにありがちな経験稼ぎに比べてって話ですけれども。
 
 自分自身のコンディションによって得られる経験の質が変化する――ごく一部の例外をのぞけば、コンピュータゲームにはそういうルールはありません。キャラクターがボロボロになっていようがいまいが、同じ敵を倒せば同じ経験値が得られ、同じ剣・同じ防具を鍛造すれば同じ経験値が手に入ります。いまどきのコンピュータゲームの世界観に慣れきっていると、つい、そういう風に人間の経験稼ぎも比喩したくなります。
 
 でも、生身の人間の場合って、そうじゃないんですよね。同じ相手と試合をしても、同じ仕事をこなしても、自分自身のコンディションの良し悪しによって得られる経験が大きく変わってくるんですよ。極端な例を挙げると、徹夜明けの集中力を欠いた頭では、どんな経験も精度の乏しいものにならざるを得ないし、そういうボーッとしている時に、人一倍レアな出来事に遭遇しても、あまり良い経験にはなりません。インプットを受け付ける脳味噌が、最適なコンディションにはないからです。
 
 本当にレアで貴重な経験ほど、自分自身の精度が高い状態で、つまり睡眠も食事もちゃんと摂って、できるだけ良い体調で臨んだほうが経験稼ぎとしては効果的なわけで、そういう事を疎かにしている人と意識している人では毎年の経験の質は相当に違うはず。だから、自分自身のコンディションを意識せずにガムシャラな経験稼ぎに燃えているような人は、もうちょっと自分の足元を見直したほうがいいんじゃないかと思っているわけです。
 
 断っておきますが、私は「いついかなる時も体調を最優先させよ」と言いたいわけではありません。
 
 経験稼ぎのジャンルにもよりますが、わざと自分を追い込んでみたり、疲労した状態や苦しい状態で経験稼ぎをしてみたりすることで得られるものには、それはそれで得がたいものがあるし、そういう状況でも耐えきってみせることで大きな自信が身に付くこともあります。研修医や修行僧のハードなトライアルなどは、たぶんその最たるものでしょう。
 
 あと、スポーツの練習をやっているとたまに起こる「急に周りが静かになって異様に集中力が冴える瞬間」「身体の無駄な力が抜ける瞬間」のたぐいも、ハードな反復練習の後にやって来ることが多いように感じられるんですよね。あの手の経験をゲットするためには、自分自身に鞭打ってみる時間も必要なのかもしれません。
 
 ただ、総論的には、二十代前半までの「若さに任せてハードな経験稼ぎ」一本槍の路線をいつまでも続けるのは社会人としては危なっかしいと思うので、歳を取るにつれて「経験稼ぎは量だけ追求するだけじゃダメ。質の追求も大切」に軌道修正していくのが望ましいんじゃないかとは思っています。
 
 とかく人間ってやつはナマモノで傷みやすくできているので、そのデリケートな自分自身のコンディションとかステータスに目配りしながら経験稼ぎしてキャリアアップしていくのが大事だよね、ってことです。そういえば、自分自身のコンディションやステータスのたぐいも、きちんと目配りする習慣がついていなければ意外とわからないもので、たぶん、そういう目配りの習慣みたいなものも意識的に身に付けておいたほうがいいんでしょう。自分の神経や身体のコンディションに耳を傾け、声なき声をできるだけ高い精度で把握できるなら、ただそれだけで渡世のアドバンテージになるはずですし。