シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

十年越しのエロゲ『Fate/staynight』

 
 私は「忙しくなってくると掃除したくなる問題」とはあまり縁のないほうだと思っていたけれど、お盆ゆえ、つい現実逃避したくなって掃除を始めてしまった。
 
 今回「掃除」のターゲットになったのは2006年頃に買ったノートPCだ。『シビライゼーション4』を遊べるノートパソコンを欲しがったせいで結構なお値段だったと記憶している。
 
 数年ぶりに電源を入れると、ディスプレイには真っ白な縦縞が数本現われていた。もう廃棄するしかない。でもって、インストールされているゲームを確かめると、これがまたどうしようもない。出てきたのは『つよきす』『CROSS†CHANNEL』『パルフェ』など。うわーエロゲだ!『CLANNAD』や『ひぐらしのなく頃に』も入っていて、なんというか、思い出に殴られた気がした。
 
 そのなかで一番気になったのが『Fate/staynight』だ。ちょっと前に春の深夜アニメで視たばかりだから、中二病設定を久しぶりに覗いてみたい気持ちになった。幸い、起動ディスクがすぐ見つかったので、さっそく起動。
 
 ・制作時期その他を考えれば当たり前だけど、この『元祖Fate』は、ちまたで流通している現在の子孫達に比べてずっと『月姫』に絵柄が似ている。そして驚くには値しないことかもだけど、声優さんの声があてられていないし、声優さんが声をあてることを前提とした台詞回しにもなっていない。今更ながらびっくりした。
 
 ・遠坂凛の姿恰好は、2015年のアニメ版で視てもエロゲ的で非-現代アニメ風なんだけど、元祖Fateのソレはさらに上をいくエロゲさ具合。いやエロゲなんだから当たり前なんだけど。アニメ版では幾分まともにみえる桜の服装すら、どうにもエロゲ的にやぼったくみえる。「アニメ風美少女キャラクター*1の服装の進化過程」でみると、元祖Fateはまだカンブリア紀なのだ。
 
 ・キャラクターの顔の輪郭が90年代後半っぽくみえる。身体のデザインもそうで、現代の作品より『新世紀エヴァンゲリオン』あたりの年代に近いと感じる。2015年のアニメ版のデザインは現代の基準でみればクラシックな感じだけど、元祖Fateからみれば最近の年代のソレだ。そりゃそうだろう、元祖Fateが発売された2004年は、2015年よりも1995年に近いぐらいだから。
 
 デザインの遠近と歳月の時間的な遠近は意外としっかり比例するのかもしれない。
 
 ・セーブデータを起動させてみる。うわーバッドエンドがいっぱいだ。『ひぐらしのなく頃に』『うみねこのなく頃に』を経験した後だから感じるんだろうけど、Fateはちゃんとゲームしているというか、エンディングまでの道のりが地雷原のようだ。ヒントもなにもあったもんじゃない選択肢も多い。バッドエンドをひくと、なにやら笑いがこみあげてくる。こういうノリを最後に経験したのは、一体いつだったろうか?タイガー道場もなつかしい。
 
 ・中二病テイストは現代でも色褪せない。エキストラについてくる武器解説やキャラクター解説が中二病設定をそのまま具現化させたようで、いっそすがすがしい。これを初めて観た2004年の私は「こんな痛い設定資料なんかつけちゃって、バカなんじゃじゃないの?」とか思っていたけれども、この十年の間に慣らされたのか、それとも加齢のせいで過去が美しく視えるのか、抵抗感が感じられない。
 
 ちょっと遠坂凛の“宝石剣ゼルレッチ”の解説を抜粋してみる。
 

 第二魔法の能力を持つ、限定魔術礼装。
 平行世界への門は開けられないものの、
 向こう側を覗く程度の干渉を可能とし、
 大気に満ちる魔力程度なら互いに分け合うことさえ可能とする。
 宝石の由来は、その多角面が万華鏡に似ていることから。
 万華鏡(カレイドスコープ)が
 何故ゼルレッチの二つ名になっているかは言うまでもない。

 だいたいこういう調子で、2015年の地点からみると、ところどころ中二病的徹底が足りないようなフニャっとした語感が漂っている。が、それも味わい深い。
 
 「十年一昔」とはよく言ったものだし、なるほど、これじゃ自分が歳を取るのも仕方ない。そのくせ、新しいFateは古いFateとちゃんと繋がってもいるわけで、たぶん私は桜編の劇場版も視るんだろう。
 
 もう二度と『元祖・Fate/staynight』を触ってみることは無いだろうなと思うとなかなかPCを片付けられず、結局掃除にもならなかったけれど、古い記憶がデフラグされて現在に繋がったような爽快感があった。
 

*1:この「美少女キャラクター」という言葉を2015年に用いる気恥ずかしさ!いやいや10年前とは響きが違いますなぁ