シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

“毒親”と地域社会の消失、あるいは家父長的システムの崩壊

 
 親が正しいとは限らない 毒家族に苦しんだ漫画家が『ゆがみちゃん』を描いた理由 - ウートピ
 
 リンク先は、漫画『ゆがみちゃん』の筆者に対するインタビュー記事だ。気になる人はリンク先をご覧になってみて欲しい。
 
 一読して私が気になった……というより思い出したのは、「そういえば、毒親系の問題があれこれ言われるようになったのって、地域社会が消えてからじゃね?」という事だった。
 
 『ゆがみちゃん』の筆者はリンク先で以下のように述べている。

 子どもの頃って、大人と違って関わり合う世界が家庭と学校くらいしかなくて、視野も狭くなりがちじゃないですか。

 「子ども時代に大人と関わり合う世界は家庭と学校くらいしかない」――このフレーズは、都市のオートロックマンションや郊外のニュータウンに住んでいる現代の子どもには、かなり当てはまるだろうし、十代〜二十代の人は疑問にすら思わないかもしれない。
 
 だが、このフレーズは昭和五十年代の町村部で育った私の経験とは一致しない。私が育った頃、子どもと大人が関わり合う接点は家庭と学校のほかに地域が存在したからだ。祭り・運動会・大納涼大会、そういったイベントはもちろん、常日頃から地元の年長者との接点は無数に存在していた。そうした地域社会は、子どもだけでなく大人同士でもルールやしがらみを押し付けあうものだったが、ともかく子ども時代の私は、そうした地域社会の養育と抑圧に包まれていたと記憶している。
 
 親が正しいとは限らないのと同様、地域社会が正しいかどうかは怪しいところだった。迷信めいた思い込みや理不尽もたくさんあった。しかし地域社会のそうした性質のなかで、私は親以外のたくさんのロールモデルを間近に感じ、親以外の年長者からも考え方や規範意識をインストールされていた。今にして思えば親以外にも年長者が存在していたおかげで、親との心理的な距離が取れ、親というものを相対化しやすかったのだと思う。物心ついてからではなく物心つく前から、親は絶対の存在ではなかったのだから。世話と養育とルールとしがらみを押し付ける存在・引き受ける存在としての親のウエイトは、かなり早い段階から親以外のたくさんの年長者によって埋め合わせられていた。
 
 ところが今日の子育て環境のなかに地域というファクターは存在しない。
 
 世話と養育とルールとしがらみを押し付ける・引き受ける存在は親だけになった。教師や塾のインストラクターは、地域社会とは違って親の判断と選択に紐つけられた「親の意志決定を最大限に尊重する」serviceであって、親と異なる“命令系統”にもとづいた規範意識のインストール元、あるいは養育と抑圧の源たりえるものではない。かつて教師は、地域社会と同じく、親とは別系統の規範意識や抑圧を提供する存在足り得たが、現代の都市や郊外において、そのような役割は期待されてもいないし許されてもいない。専ら、親の求めるserviceを提供するよう期待されている。
 
 世話と養育とルールとしがらみを押し付ける存在・引き受ける存在としての地域社会が消失した以上、そのぶん、それらを親が引き受けなければならないウエイトは増大した。親自身が自由に子育てできるようになったとも言えるし、親自身が子育てを一括して引き受けなければならなくなったとも言える。さておき、育てられる子どもの側からみれば、世話と養育とルールとしがらみを押し付ける存在・引き受ける存在としての親のウエイトは相対的なものから絶対的なものに変わった。
 
 この変化が、毒親というタームに大勢の人が反応するようになった背景として重要ではないだろうか。
 
 

核家族で完結した子育てと毒親の関係

 
 私は、世話すること・養育することと、ルールやしがらみに伴う抑圧は表裏一体だと思っている。
 
 なかにはルールやしがらみを最小限にしてみせる巧みな親もいるし、“毒親本”の著者達が記すような、どう考えてもキツすぎる親もいる。そういった個別の親の能力や病理は推し量られるべきだ。しかし子どもという存在が親の許容限度の限界まで求め、親という存在が自分の許容限度に沿ったかたちで世話することを考えると、原則論として、養育には必ずどこかで「親が子どもの養育者であると同時に抑圧者となる」というラインが生じずにはいられない。“毒親本”には登場しないような、良識に満ち心理的にも安定した父母が案外子どもにはキツかったりすることもあるし、かえって逆らえず始末に負えないことさえある。
 
 この前提にもとづいて昨今の子育て環境を考えると、地域社会が存在した時代に比べて親が感謝される可能性も高くなった反面、親が恨まれ「抑圧者」として想起される度合いも高くなるのが道理ではないだろうか。
 
 すべての世話や養育を親が引き受けるということは、「ルールやしがらみを押し付ける抑圧者」としての立場もすべて親が引き受けることに他ならない。
 
 私が育った頃の地域社会なら、抑圧者は親以外にも色々と存在したわけで、おかしな表現だが、親だけを恨まずに済んだのである。地域社会のルールや制度には理不尽な点も多く、明らかに女性をより多く束縛していた。教師は教師で面倒で、ときに理不尽だった。しかし、こうした状況下では親が絶対的な抑圧者として浮上してくることはあり得ない*1。世話や養育だけでなく、ルールやしがらみの押し付けも、あるていど親以外に分散されることになる。
 
 そのうえ、子育てを親が一手に担えば親の負担は大きくなるし、親子の距離感は狭くならざるを得ない。心理学者のE.エリクソンは、子どもは成長するとともに行動範囲*2が広がり、それに伴って技能や規範意識のインストール元も地域社会や教師へと広がっていくモデルを描いたが、これは地域社会が存在していた時代には当てはまっても、地域社会が消えた時代には当てはまらない。親だけが養育を一手に引き受け続ける社会では、技能はともかく、規範意識のインストール元、ひいては抑圧のインストール元は長く親にとどめ置かれる。
 
 今日、毒親という言葉がそれなり大きなムーブメントになっているのは、抑圧者としての親のウエイトが大きくなり……というより親以外にそうした存在が見当たらなくなった結果として、子どもが告発すべき年長の抑圧者として親のウエイトが大きくなったからではないだろうか。
 
 念のため繰り返すが、“毒親本”で見かける親はどうみてもキツすぎる親であり、そのような親が家族構造や社会構造だけから生まれてくるとは思えない。そこには何かしら、親それぞれの精神病理の問題も含まれていると考えたほうが自然だろう。しかし、そうしたキツすぎる親子関係の外側を子どもが呼吸しにくい社会ができあがり、ともすれば個々の核家族でシビアな世界が完結してしまうのは、やはり今日の家族構造や社会構造の問題と思える。“毒親本”がこのように時代の水平線にあらわれてくるのも、個々の核家族で養育や抑圧を煮詰めた、いわば毒親未満の家庭環境が簡単に生じてしまう社会構造があればこそではないか。 
 
 

家父長的システムが無くなっても、抑圧は無くならなかった

 
 今更、「地域社会に帰りなさい」「昔は良かった」と言いたいわけではない。
 
 私は、社会のなかの抑圧の総量は地域社会のほうが多かっただろうと考えるし、家父長的抑圧が蘇ってこれからのトレンドになるとも考えていない。しかし、地域社会や家父長的システムがなくなったからといって子ども自身が抑圧を蒙らなくなったわけではなく、むしろ親子に限定すれば抑圧の濃度が高まりやすくなっている構造上の問題は、繰り返し指摘しておきたいと思う。
 
 地域社会の崩壊や家父長的システムの崩壊は、たぶん子どもを自由にしていない。
 
 それらによる抑圧をも、親が引き受ける・引き受けざるを得ないようになっただけだ。
 
 子育てする親は自由になったとは言えるが、代わりにあらゆるものを引き受けなければならなくなった。
 
 毒親本が多数出版され、なかでも「母の抑圧」がクローズアップされがちな現状は、私には、マザコンや母子密着が取り沙汰された20世紀後半のイシューがスケールアップしたもののように思われる。今時の子どもは大変だが、今時の養育者も大変だ。子どもにとって「子ども時代に大人と関わり合う世界は家庭と学校しかない」社会とは、親にとって「子ども時代の全ての責任とインストールを親自身で引き受けなければならない」社会でもあるのだから。
 

母がしんどい

母がしんどい

「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

 

*1:親自身が地域社会から排除されているような場合はこの限りではないが。

*2:エリクソンは「社会半径」という表現を使っている