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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ロールモデルをメディアに求めること・間近に求めること

コミュニケーション

 
 もしかしたら、僕たちは、相談する相手を間違えているのではないだろうか? - いつか電池がきれるまで
 
 そうですね。たくさんの人が相談の求め先を間違えていると思いました*1
 
 

“本物のロールモデル”はメディアには現れない

 
 思うに、世の大半の人に役立ちそうな人生のアドバイスって、ほとんど流通していないと思うんです。テレビやインターネットには、まず出てこないのではないでしょうか。それが言い過ぎとしても、テレビやネットの“人生相談”“男女相談”のたぐいから自分に役立つエッセンスを抽出するのは、鉄鉱石から鉄を取り出すのと同じぐらいテクニカルだとは思います。
 
 だいたい、テレビやネットで目立つ人って、“おかしなやつら”ばかりじゃないですか。
 
 ネットやテレビで目立っているって事は、その方面に時間も才能も費やしているし、人生だってその方面に傾いていることでしょう。これは、長らく“市井の人”だった人が突然脚光を浴びる場合にすら言えることで、わざわざスポットライトのもとに這い出してくる人には、相応の理由やゆえんがあるものです――這い出して来ない人とは違った要素を、なにか含んでいると見て取らなければなりません。
 
 このあたり、自嘲を禁じ得ないところですが、本当に人生のエコサイクルがうまく回っているなら、わざわざメディアに這い出してくる必要なんてないはずなんですよ。
 
 くわえて、スポーツ選手やらプロゲーマーやら、とてつもない才能・努力・運によって成り上がった人達の“サクセスストーリー”が本屋で平積みになっているわけです。彼らの話にも傾聴に値する部分は多々ありますが、自分の人生にそのまま適用して構わない話は、はたして何%ぐらいか……。
 
 ところが、この手の“人生相談”や“サクセスストーリー”を鵜呑みにしたり、ご都合主義的に自分に当てはめてみたりする人が、案外いるみたいで。メディア人士やプロな人達から学ぶ姿勢が悪いわけでもありませんが、しかし、無思慮に猿真似すれば酷い目に遭うでしょう。
 
 じゃあ、“普通の人”が描かれている本や番組なら大丈夫なのか?
 
 わかりません。本や新聞も含め、メディアは歪んだ鏡みたいなもので、必ず一部分が拡大され、一部分が縮小(または抹消)されて映し出されます。テレビや動画なら放送時間が、本なら文字数が制限されているのですから、仕方のないことです――どんなに正直でも、どんなに誠実でも、メディア越しに受け手に伝えられるのは莫大な事実のなかの一部分だけです。
 
 何かに焦点が合っている時には、何かが映っていないのです。何かが語られている時には、どうしたって何かが捨てられているのです。
 
 結果として、テレビやネットや新聞に現れてくるメッセージは、誇張や強調を伴った、どこか違った姿にならざるを得ません。NHKの『クローズアップ現代』などもそうですよね。私はあの番組が好きですが、それでも、事実が取捨された痕跡が鼻につく場合があります。
 
 ですから、メディア顕れているものを字面どおりに受け取るばかりの人は、字面に振り回されて消化不良を起こすしかないかと思います。人生・恋愛・結婚といった漠然としたテーマを取り扱っている場合は、なおさらです。「嘘を嘘と見抜ければそれで良し」なんて単純に構えていると、何も読み取れないか、過剰に読み取ってしまうか、どちらかになることでしょう(両方かもしれません)。
 
 

身の周りのロールモデルには“編集”が入らない

 
 だから私は、本やテレビやネットばかり眺めるのでなく、間近でロールモデルになりそうな人をもっと眺めていたほうがいいんじゃないか、ってよく思います。
 
 メディア越しに眺めるのと違って、間近な人なら長い時間を共有しますし、生の姿を眺めることができます。生の姿のなかには、良い面も悪い面も、わかりやすい部分もわかりにくい部分も含まれているでしょう。情報源として咀嚼しにくいかもしれませんが、編集でカットされそうなところもちゃんと目に映るのは貴重です。
 
 

 むしろ、「ひとつの会社を定年まで勤め上げた人」とか、「多少の諍いがあっても、ずっと夫婦生活を続けてきた人」の「経験」のほうが、役に立つのではなかろうか。
 当たり前のことなんですけど、「そういう、傍からみたら平穏な人生」にも、当事者には疑問や内心の嵐はあったはずで、そういうものを、どう飼いならしてきたのかって、貴重なノウハウだと思うのです。

http://fujipon.hatenablog.com/entry/2015/04/22/141909

 そう思います。そういう人物を間近でみられること・みていられることは、なかなかありがたいことです。少なくとも、メディアには映りにくい何かが含まれているのは間違いありません。
 
 とりわけ、自分と同じ職業・よく似た家族構成・性格上の共通点が多い先輩などは、ロールモデルとしての合致率が高そうで注視したくなります。自分より五年〜十年年上の先輩がたの喜びや悲しみは、たぶん、自分自身の身にも降りかかる可能性の高い喜びや悲しみなんでしょうね。
 
 そうでなくても、日常生活の領域には人生の先輩がゴロゴロしています。作家先生や人気タレントの人生相談よりも、ずっとリアルで、ずっと間近で、ずっと観測時間を長くとれそうな、編集されていない人生が。そこから学び取れるものはたくさんあるはず。無視なんてとんでもありません。
 
 断っておきますが、他人は所詮他人なので、ロールモデルとしての合致率が高いからといって鵜呑みにできるものじゃありません。時代や世代の違いもありますし。それでも、自分よりも前を歩いている人や近くを歩いている人は参考にしたいですね。
 

*1:もう一歩踏み込んで考えると、「疎外を感じる中年男女には、相談相手など存在しない」的な諦観に辿り付くのかもしれませんが、今回は於いておきます