シロクマの屑籠(夏休み体制中)

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

私って“尖った”ブロガーですか?

 
 ご好評を頂いている融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論に、今回、心理畑の方から感想を頂き、びっくりしました。ありがとうございます。
 
 http://d.hatena.ne.jp/sutare/20141009/p1
 
 リンク先がそれです。書籍の概略をしっかり紹介していて、サブカルチャー界隈と同じようなアイデンティティ一点賭け問題がポスドク方面でも起こりがちというのは深く頷かざるを得ないところでした。
 
 で、文末、sutareさんから以下のような問いを頂きました。
 

 ただ、もしかすると、こうして一般書店に並ぶような本の中でちょっとしたネットの有名人の精神科医の先生から「ゆるく生きるのも悪くないよ」と言われても、「お前はそんなにゆるく生きてないじゃん!」と思う人もいるかもなとは思いました。

http://d.hatena.ne.jp/sutare/20141009/p1

 
 「お前はそんなにゆるく生きてないじゃん!」ですか……。
 
 書籍を出すようになったブロガーを、“尖って”いるとみなす人はいるかもしれません。ブロガー界隈では特にそうでしょう。反面、一般書店で書籍を手に取る人はブロガーの悲劇喜劇をあまり知らないので、特に何も感じないような気もします。
 
 『シロクマの屑籠』って、尖っていますか?
 
 私はあまり尖ってないと思ってます。なぜなら、確かに長く続けているけれども、ひとつのテーマに特化しているわけではないし、“メディア”として割り切って使っているわけでもないからです。もし、メディア大戦略的にブログを運営するなら、もっときちんとやるべきでしょう。私はストイックなブログ運営をやっているブロガーを見るたび、眩しいものをみるような気持ちになります。彼らに比べたら、うちなんてヌルマ湯みたいじゃないですか。
 
 ほかにも、ブロガーのなかには炎上しながらPVを稼ぐタイプやメンタルを暴走させたまま“肩を壊すまで続投し続ける”タイプも含めて、ストイックな人材が沢山います。ユーモアで群を抜いているブログやセンスの良いブログだってあるのです。
 
 まあ、そうやって上ばかり観ているのがいけないのかもしれませんね。もし、ブログを長続きさせていること自体が“尖ったブロガー”の十分条件なら、『シロクマの屑籠』も尖っているブログのうちに入れてやってください。
 
 

「なんでも八十五点狙い戦略」

 
 なんとなく、自分のことを書きたくなったので書きます。
 
 私は、自分自身のアイデンティティや存在理由といったものを、長らくオタク界隈の趣味に――特にシューティングゲームに――預けながら育ってきました。現実の辛いことも難しいことも、ゲームをやっている間は忘れることが出来たからです。まだ何者でもなく、何もできない成長途上の私に、創意工夫や努力の意味をはっきりと教えてくれたのはゲームの世界でした。
 
 とはいえ、ゲームは心理的に助けになっても、現実世界を生き抜いていく手段としてはあてになりません。プロゲーマーなんていませんでしたし、仮にいたとしても、私がなれるとは思っていなかったからです。
 
 不登校を経験したせいかもしれませんが、私は、自分が生きていくための手段をできるだけ多く獲得したい、と思っていました。どんなにゲームが上達しても、ただそれだけでは生きていけない――学生時代の試練に打ち勝てたのは、そのことを骨身にしみて知っていたからだと思います。勉強やコミュニケーションの修練はなかなか恩恵を与えてくれなかったし、アイデンティティや存在理由の足しにもなりませんでしたが、それでも、三十歳ぐらいになる頃には少しずつ形になりはじめ、私はアイデンティティの預け先を少しずつ分散させていきました。『シロクマの屑籠』もまた、私のアイデンティティの分散先のひとつです。
 
 「もう私は、ゲームだけに頼らなくても(心理的にも)生きていける!」
 
 私にとって、これは宿願でした。
 それが叶えられたのは、良かったと思います。
 
 こうした来歴があるので、二十代以降の私、とりわけ三十代以降の私は、自分が“尖っている”とは考えにくいのです。現在の私は、いわば「なんでも八十五点狙い戦略」のもと、複数の場所にアイデンティティを分散成立させ続けようとしています。ゲームもそうだし、ワインもそうです。家庭や仕事もそうかもしれません。私の来歴からいって、一極集中して百点を狙うのは性に合っていない*1し、損得勘定的にもペイしません。そうじゃなく、できるだけたくさんの領域で75点〜90点の技能と、その技能に見合ったアイデンティティや自意識を確保しながら補い合ったほうが私は上手く生きていける。
 
 本当に“尖っている”なら、「なんでも八十五点狙い」などと言わず、百点を目指すものでしょう?
 
 ちなみに、最近は書籍を書くようになったので、そちらは全力投入しています。けれども、全力を尽くすのは趣味の範疇を逸脱しているからであって、ブログライフそのものはあまり変わっていません。書籍づくりは、ブログとは違った技能とアイデンティティを司ってくれるかもしれないので、別枠で育成中です。まだ私は、十万字前後の文章を統御するノウハウに慣れていません。上達の余地はまだまだありそうです。
 
 

好きなように、したたかに生きたいものです

 
 「なんでも八十五点狙い戦略」などと言っている人間が、“尖った”ブロガーを自称するなどおこがましい。私は、そんなにきつく生きられませんよ。きつく生き過ぎれば、適応戦略に翳りが生じてしまいますからね。そして、案外そんな私自身のことが、嫌いではなかったりします。これでいこう、これでいこうよシロクマ君!
 
 たった一つの世界に特化するのではなく、ひとつの事象をいろんな方面から眺めるのは楽しいことです。例えば私は、オタク界隈しか知らなかった頃には気づかなかったことを外の世界で知りましたし、精神医学の角度からは見えにくいことを、インターネットやオフ会から学びました。アイデンティティが一極集中していないおかげで自己自身の輪郭にも多面性が生まれ、それも良かったように思います。
 
 自分自身のアイデンティティが多面化していると、社会適応上も、なかなか便利だと思うんですよ。状況や相手に合わせて、いろんな面を向けられますから。もちろんこれは解離的なペルソナを複数持っているのとは違って、自分自身の人格のなかで一定の統御性を保っているからこそ利便性が得られるものです。これまで私は、そうやって自分自身の多面性をちょっとずつ増やしてきました。これからも増やしていくつもりです。尖ってなくて構わないので、したたかに生き延びていきたいものです。
 

融解するオタク・サブカル・ヤンキー  ファスト風土適応論

融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論

 

*1:能力的にも難しいのは言うまでもありません