シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

twitterの被follow数は、車に喩えるなら排気量のようなもので

 
 今更かもしれないけれど、何度でも確認しておく値打ちがあるし、twitterに慣れ親しんでいるはずの人が無残な有様になっているのを未だ見かけるので、書き留めておく。
 
 twitterで何人にfollowされているかは、自動車に喩えるなら排気量のようなもので、一般に、大きくなればなるほど、そのメディアとしてのアウトプット力は強くなる。より素早く、より遠く、より大きな声を届ける“メディアとしてのtwitter”が、肌で感じられるようにもなってくる。承認欲求を充たしたくて仕方ない人は、そのようなアカウントなら存分に欲求を充たせるだろう*1
 
 そのかわり、被follow数が増えたtwitterアカウントのコントロールは難しく、アカウント保有者には相応のリテラシーやテクニックやが求められる。大出力で玄人向きのスポーツカーが繊細なコントロールを必要としているのと同じで、たくさんの人にfollowされているtwitterアカウントは、ちょっとした判断ミスが大きなブレになって跳ね返って来る。
 
 ときに、著名人のアカウントが、不祥事だの失言だので難しい状態になっているのを見かけることがある。そうした“失態”を、つい私達は「俺ならもっと上手くやる」と思って眺めがちだけど、たぶんそれは見当違いだ。扱いやすい軽乗用車しか乗っていない人に、大排気量なスポーツカーの運転感覚が想像できないのと同じで、もの凄い人数にfollowされているアカウントの運転感覚は、少人数にしかfollowされていないアカウントの運転感覚とは、相当違う。そして自動車の排気量の上限以上に、twitterの被follow数の上限は高く、メディアとしてのアウトプット力の大きさの上限も高い。ローマ法王やアメリカ大統領のアカウントの扱い難さたるや、相当のものだろう。
 
 むろん、インターネットという“公道”では、少人数にしかfollowされていない、扱いやすいアカウントでも犯罪自慢などをやらかせばアウトだろう。けれども、被follow数が増えれば増えるほど、繊細なコントロールが必要となるのもまた事実。欲望と節制の問題を弁えてアカウントを取り扱わなければ“道具に喰われてしまいやすい”。だから、何も考えずに被follow数を増やそうと欲張ろうとするのも、不特定多数からのリアクションを求めあがくのも、そんなに利口なやり方とは思えない。自分自身のアカウント管理能力や、メディア越しの欲望に振り回されない節制能力に応じて、ゆっくり増やしていくのが適当だ。
 

*1:尤も、大きな馬力のtwitterアカウントを保有できるような人間が、見知らぬ人間から瞬間的に認められるという、儚い目的のために専らtwitterをやるというのは、あまり考えにくい事態だが