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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「叱られ下手は堕落しやすい」に関して

 
 今まで、
 
 1.叱られた場面から教訓を得たことの無い人
 2.叱られたら思考停止して自分が悪いと思うしか無かった人
 3.叱られたら必ず逆らってきた人
 
 は、叱責や注意から何かを学ぶことができない。これは、自分自身の行動を改めるための道筋がそれだけ少ないことを意味する。弱点と呼ぶに足りる特徴と思われる。
 
 こういった人達にとって、「自分の弱点を、誰かから教わって修正する」のは非常に難しい。世の中は、悪意や敵意やコントロール欲に基づいて威張り散らすだけの輩で構成されているわけではない。それ相応の必然性を伴ったかたちで、注意や叱責をせざるを得ない状況、せざるを得ない個人というのは往々にしてある。重大な過失やリスクを背負っている場合は特にそうだ。けれども、理由がなんであれ叱責や注意から役立つエッセンスを汲み取れない人には、そうした必然性や文脈は理解されず、ただ、大きなストレスと不満、トラウマじみた記憶だけが残ることになる。十分な配慮と親切心に基づいた注意や叱責すら、しばしば退けられる。
 
 困ったことに、1.2.3.に該当すればするほど、その人は以前に注意や叱責を受けたのと同じ間違いを繰り返す可能性が強い。注意や叱責を介した学習が困難である以上、それは仕方の無いことなんだけれど、世間一般は「注意されても行動が変わらない人」「人の注意や叱責に耳を傾けない人」とレッテルを貼りがちで、それがまたコミュニケーションや居場所を阻害してしまう。
 
 もちろん、そういう人も褒められれば耳を傾けるだろう。「俺は注意も叱責も受け付けないが、褒めれば伸びるから、褒めてよ。褒められて強くなるタイプだから」――ならば、そういう人はひたすら褒めて伸ばせば良いものか。そうもいかない。そのような人に90%の褒め言葉と10%の注意や叱責をミックスして提供すると、混入した僅かな注意や叱責は華麗にスルーし、90%の、澱粉のような称賛に舌鼓を打つ……そんな展開になりやすい。誰からも注意を受け付けない人物が、自責や自戒に長けているのでない限り(あまり無いことである)、自分自身の弱点や欠点は顧みられることが無い。
 
 だから自称「褒められて伸びるタイプ」にして注意や叱責を糧にする余地の無い人は、唯我独尊の沼に簡単に沈み込んでしまう。唯我独尊でも構わないような冠絶した才能があるならいいかもしれないが、普通の人間が唯我独尊に嵌り込めば、人生の先行きは暗い。
 
 なお、念のため断っておく;全ての注意や叱責を、かならず受け止めるのも、それはそれで間違っている。世の中には、自分自身の欲求や気まぐれに基づいて怒鳴ったり文句をつけたりする連中も珍しくないので、そういう、栄養素の乏しい叱責や注意、もっと言うと罵倒は丁寧にスルーしておかなければならない。
 
 「叱られるにも目利きが必要」なのだろう。
 
 先日の記事では、承認欲求の目利きが出来ないとロクなもんじゃないと書いたけれど、注意・叱責・警告の類についても同じことが言える。叱られ上手で教訓をどんどん学び取る人もいれば、叱られれば全部一緒くたにストレスになってしまって学ぶどころではない人、クソもミソも全部受け止めようとした挙句、消化不良を起こして破綻する人もいる。
 
 

対策

 
 残念ながら、叱られ上手になるための近道は思いつかない。理屈そのものは理解できても、情緒的に受け付けないことの多い領域なので、「叱られるための目利き」を発達させていくのは意外と難しい。
 
 ただ、人間は生涯変わっていく生き物なので、叱られ慣れていなかった人も、自分に役立つ注意や、自分の身を案じて叱責されたと感じる機会に巡り会えば、少しずつ注意の目利き、叱責の目利きが利くようになり、心理的な器用さが増して行く余地はある。
 
 その際ネックになるのは、自分にとって役立つ注意を与えてくれる人、自分の身を案じたうえで注意してくれる人とどうやって巡り会い、どのように縁を保つか、だ。
 
 なにも、あらゆる他人の叱責や注意を受け止める必要は無い。けれども「この人の叱責は不思議と身に染みた」「この人の注意に助けられたことがある」的な人物との出会いは、承認欲求を安定的に充たしてくれる人との出会いと同じぐらい貴重だ*1。そういう人物を、見逃してはいけない。
 
 人情としては、心地よい称賛や是認に耳を傾けたくなるのはわかる。けれども、人間関係の選び方として「褒めてくれる相手だけ選び」「注意や叱責をよこす相手は避ける」一辺倒では、バランスが取りづらく、自分をスポイルされやすい環境ができあがってしまうだろう。「褒められ上手」としてのスキルアップだけでなく、「叱られ上手」としてのスキルアップを意識しておいたほうが、堕落しにくく、短所や欠点を意識しやすい。
 

*1:もちろん、この場合も「どうしてこの人はためになる注意をしてくれるのか」に一定の注意を払う必要はあるけれども、相応の理由や背景がある場合には、疑心暗鬼になりすぎるのも考え物だ。潔癖よりも、アバウトなほうが、こういうのはうまくいく。