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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

文化系優越感ゲームと体育会系優越感ゲーム

執着

 
 優越感ゲームとは - はてなキーワード
 
 「優越感ゲーム」というスラングがある。
 
 他人よりも自分が優れているところを発見しては、「俺はあいつらよりも上等だ」と優越感にひたるという、とても人間くさい心理だ。思春期の人には幅広くみられ、同じくネットスラングの中二病などとおなじく、はしかのようなものだと思って差し支えないだろう。度が過ぎれば社会適応に支障が生じる点も中二病に似ているが、高齢になっても優越感ゲームをやめない“プレイヤー”が存在する点が違っている。
 
 ところで、この優越感ゲームって、実施する人間の性向やフィールドによって優越性の確認様式が微妙に違うような気がする。そのあたりについてちょっとまとめておくこととする。
 

文化系優越感ゲームと体育会系優越感ゲーム

 
 ここでは便宜上、文化系優越感ゲームと体育会系優越感ゲームに分類する。
 
 ・文化系優越感ゲーム
 
 人文分野やサブカルチャー分野の多くの人は、こちらの形式をとる。文化系優越感ゲームにおいては、知識の有無や集めたコレクションの優劣、消費ガジェットのセンスなどが優劣の判断基準となりやすい。
 
 具体例を挙げるなら、「アップル社のパソコンを使っている俺様は、感度が高い」とか「○○を読んでいる俺様は、そこらのライフハック書を読んでいる連中よりもハイセンス」などだろうか。
 
 
 ・体育会系優越感ゲーム
 体育分野や実績主義な世界では、こちらの優越感ゲームになりやすい。対戦格闘ゲーム界隈などのように、オタク分野でもこちらの形式をとることがある。知識の有無や消費センスはあまり忖度されず、実行力が優劣の判断基準となる。
 
 具体例を挙げるなら、「○○高校でレギュラーを取っている俺様は優秀」「この超絶弾幕を避けきれる俺様は、プレイヤーとして優れている」などだろうか。
 
 
 断っておくが、文化系-体育会系とは、(傾向を多少意識した)便宜上の呼び名でしかない。アニメオタクや音楽領域の人のなかにも、知識ではなく(同人誌制作や楽器の演奏のような)実行力を重視する向きはあるだろうし、スポーツ界隈やアーケードゲーム界隈で知識薀蓄を披露してウザがられる人*1も存在する。いずれにせよ、知識やセンスをモノサシに使う分野と、実行力をモノサシに使う分野では、おなじ優越感ゲームと言ってもやっていることはかなり違うし、異なった競争原理が働いている。そしておそらく、優越感ゲームが当人にもたらすものも違っているであろう。
 
 自分が優越感ゲームが優越感ゲームに浸っている時、あるいは他人の優越感ゲームを目前にした時、ここでいう文化系/体育会系のどちらの優越感ゲームにニュアンスが近いのか立ち止まって考えてみると、気付くことがあるかもしれない。色んなこともあるかもしれない。
 
 願わくは、自分にプラスになるところのあるような優越感ゲームを。
 

*1:いわゆる解説君。実行力を重視する諸分野では、しばしば軽蔑の対象となる。