シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

「シコリティ」の意外な奥深さ――オタク界隈の内部運動という視点から

 
 オタク界隈に新たに広まりつつあるジャーゴン「シコれる」「シコリティ」 | LUNATIC PROPHET
 
 半年ぐらい前から、オタク界隈のなかでもオシャレサブカル的に深夜アニメを観るようなファン層とは相容れない、濃くて原理的なファンの間で「シコリティ」というスラングが流通しているのを見かけるようになった。シコリティSicolityとは、シコSicoとクオリティQualityをかけあわせた造語で、美少女キャラクターがマスターベーションに適している度合いが高ければ「シコリティが高い」と表現するらしい。
 
 一昔前の男性オタク界隈では、気に入った美少女キャラクターを指す言葉として「萌え」が使われていた。使われ始めた頃の「萌え」には恥ずかしさをオブラートに包みこむようなニュアンスあって、ストレートな表現が憚られる時には重宝していた。こうした奥ゆかしい用法としての「萌え」は、オタク界隈がカジュアル化していく00年代中盤あたりまでは通用していたと思う*1
 
 [関連]:弛緩した「萌え〜」からは、萌えオタ達の複雑で必死な心情が伝わってこない - シロクマの屑籠
 
 やがてオタク界隈がカジュアル化するにつれて、「萌え」は「萌え〜」とだらしなく延ばした表現へと変わり、婉曲表現的なニュアンスは失われてしまった。好きなキャラクターを語る際のスラングは「○○は俺の嫁」となり、最近はもっと直接的な「ブヒる」というスラングも登場した。美少女キャラクターに対する愛着表現は、よりカジュアルに、よりストレートに変化し続ける……かのようにみえた。
 
 ところが、この「シコリティ」はそうではない。ストレートではあってもカジュアルではなく、明らかに人を遠ざける・人を選ぶ響きがある。サブカルオシャレの先端をゆくために深夜アニメをチェックしているような人達にとって、シコリティという言葉は禁忌であろうし、使いこなせるとは到底思えない。Facebookやtwitterを異性とのコミュニケーション手段として活用しているようなアニメファンにも使いこなせないだろう。つまり、このシコリティという言葉には、オシャレなアニメファン、カジュアルなアニメファンを遠ざけるフレーバーがある。
 
 シコリティは「アニメキャラでマスターベーションしています」と態度表明をしてもなんの損失も無い人だけが使えるスラングだ。考えようによっては、「美少女キャラクターへの感情表明を世間体より優先できるオタク」「一線を越えたオタク」しかSNS上につぶやけないスラングだと言える。結果として、シコリティという言葉を使う者同士は比較的近いクラスタの可能性が高く、マスボリュームが大きくなった昨今のオタク界隈のなかでは、同族意識・共犯意識を強力に惹起するスラングとも言える。今では失われかけている「日陰者のオタク」「被差別カーストとしてのオタク」を思い起こさせるスラングがネットの一角で流通しはじめているさまは、どこか懐かしさを感じるとともに、日陰でよろしくやっていたオタクが急にサブカルチャーの日向に連れ出された当惑のようなものを連想させる。
 
 日陰で楽しんでいたいオタク達の「日向者はこっちに来るな」「ここから先は俺達の領域だ」という叫びというか。
 
 シコリティは、一見、粗野で空っぽの言葉のようにもみえる*2。しかし、
 
 1.「こちら側のオタク」「あちら側のオタク」を規定する分水嶺としての機能
 2.日陰者同士の共犯意識・仲間意識を思い起こさせる機能
 3.「オシャレや異性ウケを気にせず、美少女コンテンツを楽しむオタクです」的なスタイル表明機能
 
 を兼ねていて、言葉の機能面では意外なほど奥深い。この言葉がネット上に定着するのか、じきに消えていくのかは分からない。どうあれ、オタク界隈でこういう内部運動が起こっていること自体はネット民俗誌的にみても興味深い。今後の動向はチェックしておきたいと思う。
 
 ※こういうネガティブな弁別機能の強い言葉でも、一部の若いオタは「シコリティ言ってる俺って格好いい」と思い込んで連呼している姿が想定されるわけで、交際可能性を狭めているのに気づいていない、なんて事態もきっとどこかで起こっているんだろうなー、と思いました。
 

*1:ちなみに、この時期に直接的にエロなニュアンスを伝えたい時に用いられたのは、「○○たんハァハァ」だった。このスラングはオタク界隈がカジュアル化していくのと時期を同じくして死語となっていった。

*2:たぶん、言い出しっぺもそんなに深く考えて言い出したわけではないと思う。