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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「自己愛モノカルチャー経済」と「自己愛のリスクヘッジ」

 
 先日、「自己愛が腹ペコの人は、判断力が低下する」という記事に書きました。いったん自己愛に飢えてしまうと、メンタルヘルスを損ねやすくなるだけでなく判断力までもが低下しがちで、そういう判断力が下がった人を釣り上げようとする厄介な人達が世の中にはウヨウヨしているので、自分の自己愛が飢えすぎないように制御することには実際的な意義がある、と書いたつもりです。
 
 それを踏まえて自己愛モノカルチャー経済*1について考えてみましょう。つまり自己愛を一箇所にほとんど依存している人、です。例えば仕事一筋のサラリーマン。最近はあまり見かけなくなったタイプですが、一昔前は、仕事や研究だけにとにかく没頭する大人・仕事組織に所属していることを生き甲斐にしているような大人をよく見かけました。「私は立派な教育ママ」であることに自分の自己愛を全賭けしている母親も、モノカルチャー自己愛かもしれません。子育てを介して自分の自己愛も充たす、そういうタイプに専業特化した母親は今でもそれなりにいるようです。なかには、SNSやソーシャルゲームだけが自己愛を充たせる唯一のチャンス、という人もいるかもしれません。
 
 しかし、自己愛の充当先を一箇所に依存するというのは恐いことだと思います。自己愛を充たしてくれる単一のジャンルで失敗したり、そこからリタイヤを余儀なくされたりしたりしたら、その人はどうなっちゃうでしょうか?もう、自己愛が充たせなくなって、絶望してしまうのではないでしょうか。子育てを自己愛充当のチャンスにしている人は、親離れ・子離れが遅れてしまいそうです。
 
 あるいは自己愛を充たしてくれる対象に依存するあまり、言いなりなってしまうかもしれません。レアメタルなり石油なりの供給を一箇所に頼りすた国が足下をみられるのと同じような事が、私達の人間関係の、心理的充足の次元でも起こるのではないでしょうか。逆に、必死になってしがみつこうとして先方に煙たがられてしまうかもしれません。どちらにしても、その繋がりが歪な方向に傾いてしまう可能性、大です。
 
 

自己愛充当をリスクヘッジしよう

 
 ということは、自己愛を充たせるような対象を、複数系統持っておいたほうが良い、ということになります。仕事もいいし、家庭もいいし、ネットもいい――そんな感じで、繋がりや一体感が感じられる場所・“よりどころ”となるべき複数のフィールドを予めもっておいたほうが、単一のフィールドに自己愛充当を依存するより、ずっと社会適応を維持しやすいんじゃないでしょうか。
 
 人間の人生は山あり谷ありで、時には辛い境遇や寂しい境遇に甘んじることもあるでしょう。現実世界で充実した人間関係を保ち続け、“つねに自己愛を充たし放題”なのがベストかもしれませんが、そういう順風満帆な人生行路を歩ける人は稀です。熱心に子育てしていた親元から子どもが離れていった時の心境や、仕事に人生を賭けていた人がリストラされた直後の心境を連想してみてください。人生には、自己愛を充たしてくれる重要な宛先がスポッとなくなる真空地帯のような瞬間がままあるものです。
 
 そういう、心に隙間が生じやすい状況下でも、自己愛を充たせるような繋がりが複数系統あれば、自己愛に飢えきってしまうリスクを回避できるぶん、自己愛に飢えすぎて判断力を狂わされる状況を避けやすいでしょう。
 
 ただ、そういう自己愛を充たす場がリスクヘッジとしてきちんと機能するためには、心に余裕があるうちに、自己愛を充たせるフィールドを増やしておく必要があります。心に余裕がなくなってしまってからのファーストコンタクトでは、だいたい自己愛をガツガツと欲張ってしまいやすいので、初手のコミュニケーションに失敗してしまったり、ヤバい相手か否かの見極めが甘くなったりしてしまいがちです。ネットゲームやソーシャルゲームの類にしても、自己愛が腹ペコ状態で初めてやってみるという人と、自己愛がまだまだ充たされているうちに慣れておいた人では、後者のほうが節度ある付き合いがしやすいのではないでしょうか。とにかく、飢えてからでは遅いのです。
 
 こういう、「自己愛充当先を複数系統持っておく」なんてのは、多くの人は意識しなくてもなんとなく実践しているものだとは思います。でも、世の中には案外と実践できていない人もいますし、自己愛に飢えてしまってから、「ああ、これはまずいことになった」と気づく人もたくさんいます。心理的に余裕があるうちに、自己愛充当の冗長性を高めるようにしておきましょう。
 
 

「自己愛モノカルチャー経済」から見た「夫の趣味を制限する嫁」

 
 なお、この観点で「夫の趣味を制限する嫁」や「嫁の付き合いを制限する夫」について考えると、とんでもないとしか言えません。配偶者の自己愛充当先を削るなんてのは、配偶者の心理的な安定を損なう行為です。もちろん、家計や住居スペースを圧迫しすぎるようなケースや、趣味のことしか考えていないような配偶者には難癖のひとつもつけなければならないでしょう。しかし常識的な範囲で楽しんでいるような配偶者の趣味を全面的に禁止する場合、配偶者の自己愛充当の補給線をひとつ潰すことになってしまいます。配偶者に恨まれやすいという点を含め、長い目で見れば必ず祟るはず。家庭のマネジメントとしては悪手です。
 
 もし、自分の周りを見渡す余裕があったら、自分自身の自己愛モノカルチャー経済を避けるだけじゃなく、身の回りの人の自己愛の補給線も大切にしましょう。そのほうが、お互いの不幸を回避しやすいのではないかと思います。
 

*1:モノカルチャー経済とは【その国の経済が一つの産品に頼り切っているような状態】を指す言葉です。コーヒーだけに頼った経済、サトウキビだけに頼った経済というのは相場の影響をモロに受けるからヤバいよね、という風に社会科の授業で習ったように記憶しています。