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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ネット上で「バカ」と思われるか「キチガイ」と思われるかの分水嶺について

 

くるいきちがい考 (ちくま文庫)

くるいきちがい考 (ちくま文庫)

 
 今朝起きたら、二つの迷惑案件がネット上にアップロードされていた。ひとつはマクドナルドでフライドポテトを大量に注文し、twitterで不特定多数に呼びかけたという話。もうひとつは同人サークルの女性が奇声をあげたりコピー誌の押し売りをしたりしたという話だ。
 
 痛いニュース(ノ∀`) : マックのポテトLを60個注文で大はしゃぎ 「拡散希望!みんな来い!」→大混雑→店員「他の人に迷惑です!」 - ライブドアブログ
 サンクリ57に出現した迷惑同人サークル - Togetterまとめ
 
 二件とも、はてなブックマーク上ではたくさんの非難を集めている。↓
 
 はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`) : マックのポテトLを60個注文で大はしゃぎ 「拡散希望!みんな来い!」→大混雑→店員「他の人に迷惑です!」 - ライブドアブログ
 はてなブックマーク - サンクリ57に出現した迷惑同人サークル - Togetter
 
 しかし、観ればわかるように、非難の質が違っている。マックの方は「バカ」という非難の口調が優勢だが、同人サークルのほうには「キチガイ」「心の病」という指摘が混じっている。どちらも迷惑案件には違いないが、どうして前者が「バカ」で後者が「キチガイ」「心の病」になるのだろうか。
 
 “そんなの、読めば分かるだろう”と言う人もいるかもしれない。しかし、読んで判断する際の「バカ」と「キチガイ」の分水嶺について真面目に考えると案外に難しいというか、曖昧だ。ただし、はてなブックマークを観て分かるように、その曖昧な判断基準はある程度は各人共通のものになっているらしい。
 
 ネットで見かけた対象を「バカ」や「キチガイ」に分類するという行為の是非についてはさておいて*1、人は、一体どういう基準で「キチガイ」「気が触れている」と判断しているのだろうか?
 
 

動機や意図の了解可能性と「バカ/キチガイ」

 
 よく指摘されるのは、「理解しやすさ・了解しやすさ」だ。
 
 「動機や意図がすぐ理解できる・了解できる行動」は「バカ」で、「動機や意図がすぐ理解できない行動」は「キチガイ」という分類である。後者は、ニコニコ動画でよく使われる「○○は病気」というスラングのように、肯定的なニュアンスで使われる事もある。とにかくも動機や意図がすぐには理解できない時、「キチガイ」「気が触れている」という表現に人はなびきやすいように見える。
 
 そういう視点で今回の二件を眺めると、マクドナルドのほうはいかにも動機や意図が推測しやすい。行動そのものは珍しいとしても、そういう事をやる動機や意図が丸見えとうつるのだろう。対して、同人サークルの側には「どうしてそんな事をするのか、俄には理解できない」ものが含まれている。押し売りにしても、奇声の類にしても、「ええっ?どうしてそんなことをするの?」という感覚が「バカ」ではなく「キチガイ」に判断の針が振れる際の判断根拠になっているのだろう。
 
 もちろん、こうしたネット上の断片的な伝聞だけでは、その「キチガイ」という言葉がどこかに含意しているであろう、精神疾患に該当するのかどうかは判断できない。また、「キチガイ」というスラングには、精神疾患とは異なったニュアンスが含まれていることを思うにつけても、こうしたネット上での「バカ」「キチガイ」に関する表明はきわめて曖昧で、深読みするに値するものでもなかろう。
 
 しかし本件が示すように、ある条件が揃った時、ネットで見かけた対象を「キチガイ」「病気」と呼ぶ行為はインターネットスラングの次元では頻発しているわけだから、どういう時・どういう対象に「キチガイ」「病気」という言葉があてがわれやすいのかを知っておくにこしたことはないと思う――いつか、自分自身がそのようにレッテルづけられる可能性も無いとは言えないことを思うにつけても。
 

*1:むやみに「バカ」「キチガイ」とレッテルを貼って憚らないのは、あまりよろしくないようには見える