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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

あなたのネット仲間は、五年後も一緒にいてくれそうな人ですか?

コミュニケーション 執着

 
 インターネット上でのコミュニケーションを、「今日は誰々が面白いことを言った」「今日はtwitterでこんなにリツイートされた」といった賑やかさのうちに過ごしている人は多いと思います。誰の文章を読むのか・誰に対してreplyを送るのかを決めるにあたって、「今、面白い事を言った人」「今、私の承認欲求を充たしてくれる人」「今、私が興味を持っているコンテンツの話をしている人」などを評価基準に選んでいる人も多いでしょう。
  
 でも、そんな「」という評価基準だけでネットコミュニケーションしてもいいんでしょうかね?
 
 ここで、ちょっと違った角度で、あなたが今ネットコミュニケーションしている相手について思考実験してみてください;その人は、五年後もあなたに面白いことを呟いてくれる人でしょうか?五年後も仲良く意見交換していそうな相手でしょうか?それとも人気作品についての情報交換が終わったら「コンテンツの切れ目が縁の切れ目」になっちゃいそうな人でしょうか?さあ、あなたのネット上の交友範囲のうちに、「五年後も縁のありそうな人」を眺めやったときに、何割ぐらいの人が残っていそうですか?
 
 この思考実験は、ネットコミュニケーションの効率性を考えるにあたって、二つのかなり異なる方向性があることを想起させてくれます。
 
 ひとつは、多くのネットユーザーが慣れ親しんでいるであろう「今、この場のコミュニケーションの効率を最大化する」というものです。出来るだけ面白い人・タイムリーに役立つ情報を流してくれる人・自分の承認欲求を今充たしてくれる人とのコミュニケーションに注意を払い、「コンテンツの切れ目は縁の切れ目」を恐れることなく、どんどん知り合ってどんどんメンションを交換していく方法です。大半は一回きりのやりとりになるでしょうし、大半の人はすぐに縁がほどけてお互いを忘れていくのでしょうけれど、さしあたり、その場の欲求を充たすにはこちらが向いています。
 
 もうひとつの、そして一般にネットにはあまり向いていないと思われがちな方法は、「五年後も一緒にいてくれそうなネット仲間とのコミュニケーションの効率を最大化する」です。今すぐの娯楽・情報源・承認欲求を求めるコミュニケーションに比べると、長い目で見て持続可能そうな人間関係・信頼に値する人間関係に比重を置いたコミュニケーションは、インターネット上では流行ではないのかもしれません。しかし、やってやれないことはありませんし、やればやったなりにネットを介しても持続的な人間関係が構築されることはあります。オフ会やskype通話などを組み合わせることで、こうした持続的な人間関係をより強めることも可能です。
 
 後者は、その場のコミュニケーション効率性には最適化していないので、今の自分の快楽を最大化するという意味では、少し非効率にならざるを得ません。また、長い付き合いは必然的に“しがらみ”を含むことになりますし、長い付き合いのなかで他人の見たくない部分も見えてしまいやすいぶん、誰かをカリスマと思い込んだり、誰かをイエスマンだと思い込んだりするにも適していないでしょう。しかし、そうやって構築した人間関係は、その場その場で途切れてしまうことのない連続性を持つぶん、いちいち新しい人間関係をつくってまわる必要が無いという気楽さはありますし、人集めのための「キャラ」を演じなければならない的なプレッシャーや、他人行儀を繕ってみせなければならないストレスも少ないというメリットもあります。
 
 では、一回的/持続的 どちらのネットコミュニケーションが望ましいのでしょうか。
 
 もちろんこれは、使う人のスタンスやニーズによるかと思います。けれども一般論としては、まだ若く、出会いを沢山必要としている*1若い人は、一回的なコミュニケーションの比重が大きくなりやすく、歳を取って、それほど頻繁に出会いを求めていない*2年長の人は、持続的なネットコミュニケーションの比重が大きくなりやすいように思います。
 
 たぶん悲惨なのは、一期一会なネットコミュニケーションや「コンテンツの切れ目が縁の切れ目」を繰り返しながら歳を取っていくうちに、自分自身の精神的なバイタリティも、キャラ立て的も厳しくなってしまった人です。新しい出会いをつくるためのバイタリティも、瑞々しい感性も失ってしまって、けれども持続的な人間関係をつくるノウハウが欠如しているから段々孤独になっていく――これは、寂しがりな人には堪える境地だと思います。
 
 ですから「寂しさ」という感情をベースに考えるにつけても、人脈(というと大袈裟かもしれませんが)を形成するという面でも、五年後、十年後も一緒にいてくれそうな仲間をつくろうという意識は、ネットコミュニケーションのなかでもう少し注目されてもいいと私は思います。
 
 なかには、「オフラインに長い付き合いの友達がいるから、ネットコミュニケーションは持続的じゃなくても構わない」という人もいるかもしれません。これはその通りだと思います。ただその場合も、オフラインな友達とのコミュニケーションにメーリングリストなりSNSなりを使わない人はいまどき稀でしょうから、結局、その際のネットコミュニケーションは長期的な人間関係構築を前提としたものになって、それを前提とした身振りに終始することになると思います。
 
 もし、あなたが「寂しがり」で、最近お肌の調子が悪いだとか、一期一会のコミュニケーションに飛び込むことを躊躇するような保守性が芽生え始めているだとか、そういう具合に衰えを感じ始めている人だったら、ネットコミュニケーションも中期〜長期的なものをそろそろ意識したほうが良いと私は思います。もちろん、ニコニコ動画で刹那的な一体感で盛り上がるのもいいものですし、それをやめろと言いたいわけではありません。でも、それだけじゃない、おおむね“友達”と言えるぐらいの人間関係をネット上でも構築していったほうがいいんじゃないんですか?とも思うのです。
 
 

*1:そして出会いと別れを沢山経験しても疲れないだけのバイタリティのある

*2:そして出会いと別れを沢山経験すると疲れてしまいそうな