シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

“プレゼントを贈る”というソーシャルスキル

 
 今年のホワイトデーって、あまり盛り上がらなかったような気がします。デパ地下を歩いていても「ホワイトデーだからお菓子を売ってやるぜオーラ」の、鬼気迫る感じが足りないというか。バレンタインデーもそうですが、一時期の熱気が大分醒めてきているような気がしました。
 
 そういえば、今年のホワイトデーは、事実上、二年ぶりのホワイトデーでした。去年は3月11日に東日本大震災がありました。もともと衰え気味だったホワイトデーの気分は、この地震と、それに引き続くパニックや余震で全部吹っ飛んでしまいました。一年のブランクがあったことも、今年のホワイトデーが盛り上がらない一要因かもしれません。 
 
 地震の件はさておくとしても、ホワイトデーもバレンタインデーも、年々、地味な行事になっていっている感があります。「プレゼントを介して、人と人との繋がりを強める」って習慣自体が寂れてきているんでしょうか?もちろん「お金を節約するほうが大事」「お菓子会社の広告戦略に踊らされたくない」的な感覚もあるかもしれませんし、プレゼントをするならクリスマスや誕生日のほうが本命ではあります。社会人の場合、加えて御中元や御歳暮もありますから、ホワイトデーやバレンタインデーでなければならない・チョコでなければならない道理もありません。
 
 けれども、ホワイトデーやバレンタインデーって、社会習慣にこじつけて、親しい人・縁のある人にささやかなプレゼントを画策するチャンスじゃないですか。そういうチャンスって、無いよりはあったほうが良いような気がするんですよ。
 
 たいていの人は、親しい人や好きな人へのプレゼントも、なにか行事や口実がなければ怠りがちです。というか、そもそもプレゼントをしようと思いつくこと自体が多くありません。でも、人へのプレゼントって、実は、なかなか熟練を要すると思うんですよ。プレゼントを贈る側/贈られる側双方がハッピーになれるかもしれないチャンスなのに、行事も大義名分もなければ、人は誰かにプレゼントをしようとは思い立ったりせず、この重要なソーシャルスキルを磨くことなく、歳を取っていってしまう――勿体ないことです。
 
 知り合いに、人にプレゼントするのが上手な女性がいます。相手の気分、好み、人間関係の情況を踏まえてプレゼントを選ぶその人は、いわば“プレゼントの達人”ですが、もちろんこの人はバレンタインデーやホワイトデーも含め、機会があれば誰かにプレゼントをしているように見えます*1。金額的にはたいしたことのないプレゼントであっても、相手を喜ばせること・一緒に喜ぶことの一環として、何かを贈るということが習慣になっている感じがしますし、そんな感じだからこそ“プレゼントの熟練度”がハイレベルなのでしょう。とても素敵な人だと思います。
 
 私は、この女性に出会ってから「ああ、プレゼントを贈るって、立派なソーシャルスキルなんだな」と気付くようになりました。この、相手の喜びそうなものを察知して贈るという営みは、なかなかに高度で難しいものですが、その見返りは小さなものではありません――“他人のご機嫌を伺い”や“社交辞令”的な使い方はともかく、“好きな人を喜ばせる”“好きな人の笑顔が見れる”っていうプレゼントの心理的報酬は、とても大きいのではないでしょうか。
 
 人生を楽しむ方法はたくさんありますが、親しい人とささやかなプレゼント交換をしたり、普段よりちょっとだけ良い品を一緒に飲み食いする楽しみって、実は、無視出来ないウエイトを占めていると私は思います。ほんの一時のささやかな楽しみでも、そういう出来事を逃がさずにたくさん積み重ねていく人生のほうが、嬉しく楽しく過ごせそうじゃないですか。
 
 そういう意味では、プレゼントの口実にしやすい日がカレンダーにたくさんあるのは基本的に良いことだと思います。バレンタインやホワイトデーというと、恋人や異性に拘る向きもありますが、ホントはそんなの関係無いんですよ、友達や家族だっていいんです。
 
 プレゼントって、自分一人だけじゃなく、自分の好きな誰かを幸せにできる、とても素敵な行為だと思います。恥ずかしがらず、肩肘張らず、どんどんプレゼントしていきたいですね。
 

*1:プレゼントを欲しがっていない相手にプレゼントを無理に渡さない、という空気の読み方も巧みながら、いつの間にかプレゼントが嬉しいと思えるようなコンテキストを作ってしまう空気の操作も素晴らしく、この人には敵わないといつも感じます。