シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「ガチな専門家ほど、ヤバい素人になる」

 
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111208-OYT1T00946.htm
 
 国立大学の教授が“不適切な”発言をツイートを連投したために学長から訓告処分を受けるという出来事があった。「一教授の、ネット上での私的な発言を訓告処分する」というのは大学側としても難しい決定だっただろう。とはいえ、この教授の原発関連のツイートが一時期から非常に過激な内容になっていた事を思い出すにつけても、大学としても庇いきれなかったのかもしれない。
 
 震災のあった3月以来、この教授がtwitter上で積極的に発言していたのを私もリアルタイムで見ていた。概ね善意に基づいて発言しているように見えたが、当初から「火山学の考え方への固執」「他領域の専門家の話に耳を傾けない独走」する傾向があったように思う。そうこうしているうちに、彼の発言のトーンはエスカレートしていった。
 
 私は「ああ、ガチな専門家ほど、ヤバい素人になってしまうんだなぁ」と思った。
 
 

専門領域への特化⇒専門外には明るくない

 
 現代の“快適”で“安全”な生活が成立しているのは、狭い専門領域を徹底的に研究しているスペシャリスト達のおかげだ。半導体製造も、自然災害対策も、原子力エネルギーの運用も、専門家抜きには成り立たない。
 
 そういった専門家がたくさん必要な社会になった一方、専門家個人のレベルでは、専門外のことに疎くなりやすくもなったと思う。もう、ダヴィンチみたいな“なんでも大体わかる天才”は現れないのではないか。
 
 例えば、火山学に徹底的に通じた専門家がいたとする。彼が火山学に全てを捧げていればいるほど、他の領域の知識・技能の獲得は遅れざるを得ないし、「火山学的に専ら物事を考える」人になってしまうだろう。もちろん、コミュニケーション能力やリテラシーを修練する暇も少ない。しかし研究競争に勝ち残るためには、一点集中的に研鑽しなければならないし、そのような専門性なしに第一人者になれるほど、研究の世界は甘くもない。かくして、自分の専門分野にだけリソースを徹底的に集中させた、ガチな専門家が誕生する――専門領域では誰よりも詳しいが、専門外の領域には学生よりも詳しくない、そういう専門家が。
 
 こうした傾向は、大学教授クラスに限った話ではなく、エンジニアや医療従事者などにも、ある程度までは当てはまる。現代社会はスペシャリストをたくさん必要としているので、スペシャリスト⇒専門外領域には明るくない人 がおのずと増えることになる。*1
 
 

“教授の放言”が全世界に発信されアーカイブ化されてしまう

  
 近年は「ガチな専門家ほど、ヤバい素人になってしまう」現象が可視化されやすくなってしまった。
 
 20世紀の頃、ガチな専門家が専門外の領域についてメディア上で語るような機会はゼロに等しかった。もちろん当時の専門家とて、居酒屋や床屋では専門領域外についてかなりの放言を繰り返していたに違いない。しかし居酒屋や床屋での放言は、あくまでローカルなオフラインの出来事であって、やがて忘れられるものだった。
 
 ところが、インターネットやスマートフォンが普及し、専門家が専門外について言及・情報発信する機会が増えすぎてしまった。昔だったら床屋や居酒屋で聞き流されていたであろう“教授の放言”も、blogやtwitterに書き込んでしまえば全世界にばら撒かれ、アーカイブ化されてしまう。こうなると、なかなか忘れてもらえない。
 
 件の火山学教授に限らず、大震災〜原発問題が沸騰していた時期には、専門家が自分の専門領域の外できわどい発言を繰り返す風景をネットのそこここで見かけた。たぶん、この新種のリスクに対処しきれていない専門家がまだまだいるのだろう。恐ろしいことだ。
 
 

「ガチな専門家」を、この手のトラブルから守るには

 
 私は、「ガチな専門家ほど、素人以下になってしまう」こと自体は、そんなに罪深いことではないと思っている。そういう人は、それだけ専門分野にリソースを集中させて頑張ってきたのだろうし、専門家にダヴィンチのような多芸多才を期待すべきではない。
 
 しかし、昔だったら床屋や居酒屋レベルで済んでいたはずの“教授の放言”がネット上にいつまでも残り、トラブルを起こすという現象は、いただけないと思う。単に人々を当惑させるという意味だけでなく、莫大なリソースをつぎ込んで生まれたスペシャリストを、そのような些事で消耗させてしまうのは社会的損失でもある。こういうのは、防いだほうがいいと思った。
 
 
 
 [関連]:早川先生の群馬大学での記者会見の聞き起こし - Togetterまとめ
 [関連]:「何を書かないようにするか」が問われている - シロクマの屑籠
 

*1:こうした弊害を免れるためには、専門家を自称しながらも専門領域以外にも手を出すか、学際的な領域を専門とする専門家になるぐらいしかないように思える。あるいは「サロン」のような場所に出入りするか。