シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

インターネットのハイテンションは「病気」か「文化」か

 
 最近、精神科の外来でも「『twitter』で炎上したのをきっかけに…」なんて話を若い患者さんから聞くようになった。それだけ、コミュニケーションに占めるネットの割合が大きくなってきたのだろう。
 
 ところで、『twitter』を見ていると、ものすごく威勢のいい事を書いている人が珍しくない。ちょっと大げさ・攻撃的な語調・ドヤ顔・朝も昼も深夜も連続投稿……なんて人が、そこここに存在している。そんな彼らの「僕らの正しいツイートで社会を変えていきましょう!」的な書き込みをプリントアウトして精神科医に見せたりしたら、びっくりされてしまうんじゃないだろうか。
 
 とりわけ、近年の精神科界隈では「双極スペクトラム障害」という疾患概念がトピックスになっていて、精神科医は“躁っぽい症候”に神経をとがらせている。「双極スペクトラム障害」とは、大雑把に言うと、「躁っぽさが混じっている精神疾患」みたいなものだ。この新しい疾患概念には賛否両論もあるが、従来だったら「うつ病」「パーソナリティ障害」と診断されていた人達のなかに躁っぽさの混じった人がいるかも、という意識は確実に広がっている。
 
 で、そんな風に“躁っぽい症候”に目を光らせている精神科医に、「僕らの正しいツイートで、社会を変えていきましょう!」的な連続投稿を見せたら、あらぬ誤解を受けてしまうんじゃないかと、ちょっと心配になってしまうわけだ。
 
 

ネット上のハイテンションをどう捉えるのか?

 
 私は、あの手のハイテンションな書き込みは、インターネット文化習俗のひとつと思っている*1。『twitter』に限らず、オンライン上のコミュニケーションシーンでは、大袈裟な表現・ドヤ顔書き込みを連発する人が珍しくない。また、オフラインの日常生活に比べるとオーバーアクションな感情表現も見かける。
 
 その原因のひとつは、ディスプレイに向かってコミュニケーションしているため、かもしれない。一般に、コミュニケーションの対象が目の前で見つめているような時には、人間は表現に気を遣う。けれども一人でPCやスマートフォンをいじっている際には、そういった他人の目線が存在しないので、表現のタガが緩んでしまいやすい。
 
 あるいは、自己愛を充たすためのネットコミュニケーションの帰結として、ネットユーザー側が誇大な表現を身につけていったのかもしれない。メディアに対する一種の“適応”とも言える。「派手な表現のほうがウケる」と味をしめたネットユーザーが、無意識のうちにそうしているだけでなく、“炎上マーケティング”という言葉が示すように、意図的に表現を過激にしているネットユーザーも存在していると推定される*2
 
 そして「インターネット上でactivityの高い人のなかには、実際に双極スペクトラム障害っぽい人が多い」という可能性も捨てきれない。世の中には『インターネット依存者を調べたら、双極性障害に該当する人がかなり混じっていた』という論文なら存在するので、ネットの常連ユーザーのなかに躁の成分を抱えている人が混じっている可能性も、あるかもしれない。ただし、このあたりは十分に研究が進んでいるわけではないので、確かなことは分からない。
 
 現時点では、ネット上のハイテンションが「文化習俗」とみるか「病気」とみるかを決めてかかるのは適当ではない。が、個人的には、両方の側面があるのではと疑っている;つまり「ネットカルチャーやネットメディア自体が、テンションの乱高下に親和的」であると同時に「ネットカルチャーに親和的な人のなかに双極スペクトラム的なメンタリティの人がそれなりに混じっている」あたりが実際のところかな、と推測する。
 
 とはいえ、はじめのほうに書いたように、現代の精神医学サイドは、双極スペクトラム障害の鑑別に熱心なので、診察室では、ネットカルチャー的な特性はスルーされやすいかもしれない。だが私の知る範囲では、インターネットやパソコン通信は、その黎明期から、それなりにテンションの上がりやすいコミュニケーションメディアだったし、『ニコニコ動画』や『twitter』のコミュニティにもその傾向は受け継がれていると思う。テンションの高い書き込みのすべてが“躁っぽい症候”とは思えないし、そんな風に決めてかかっていてはきりがない。
 
 社会学者の鈴木謙介さんは、著書『カーニヴァル化する社会』のなかで、“社会システム自体によってもたらされる躁鬱的・カーニヴァル的傾向”という視点を紹介している。そういった、個々人の精神病理だけでは説明しにくい、ネットメディアの特性や社会病理が関連する部分についても、もっと研究が進んだらいいなと思う。
 

カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

 

*1:少なくとも、現在の、日本の、インターネット文化習俗

*2:尤も、意図的に表現を過激にしたけれどもコントローラブルな炎上では無くなってしまい、大火傷をする人も後を絶たない。そのようなアンコントーラブルな事例のなかには、やはり何らかの精神疾患を背景としている事例が含まれているかもしれないが。