シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

誰のための『ガンダムAGE』――ガノタを軽視した作風を眺めながら

 

AG 1/144 AGE-1 ガンダムAGE-1 ノーマル (機動戦士ガンダムAGE)

AG 1/144 AGE-1 ガンダムAGE-1 ノーマル (機動戦士ガンダムAGE)

 
  ガンダムの新シリーズ『ガンダムAGE』の第一話を観てびっくりした。これって本当にガンダムなのか?どう、ガンダムなのか?まるで小学生向けアニメじゃないか。
 
 今までのガンダムの狙い所からすれば、これは“甚だガンダムっぽくない何か”に見える。少なくとも、いわゆるガノタを喜ばせる要素を欠きすぎている。
 
 

ガノタ保守層が期待するガンダムとは

 
 ここで、念のためガノタという人達について確認しておく。
 
 ガノタとは、ガンダム-オタクを指すスラングである。
 ガン-オタ(Gun-Ota)が転じ、ガノタ(Gunota)となった。
 長年にわたってガンダムコンテンツを愛好し続けた結果、もはや保守的とさえ言えるガンダム観(あるいはガンダム的リアルロボット観)を身につけてやまない中年世代も多く含まれる。ちなみに私も、たぶんその一人だ。
 
 この、ガノタという保守ガンダムファン達は、概ね、以下のような趣向をガンダムコンテンツに期待している。

・主人公の心理的葛藤と、取り巻く悲劇
・キャラクターの細かく複雑な感情描写
・善と悪に単純化できない対立構造
・戦争の熱気と空しさ
・兵器生産やメカニズムについて考証可能な設定
・なにかしらの策謀家
・シャアのような仮面のライバル
・新型メカ
・熱血的展開

 このうち、赤字で書いたエッセンスに関しては、ガンダムに特別に思い入れの無い人や、低年齢の子どもでも楽しめるかもしれない。しかし青字で書いたエッセンスは、せめて小学校高学年――できれば中学生以降――にならなければ面白がるのは難しい。ガノタという保守ガンダムファン層のうち、赤字の部分だけをガンダムに期待している層というのはあまり存在しない。殆どの場合、青字で示したようなエッセンスをガンダムコンテンツに期待している。そんな彼らにとっては、『ガンダムUC』あたりが理想的なガンダムコンテンツなのかもしれない。
 

機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) [Mobile Suit Gundam UC] 1 [Blu-ray]

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「ガンダムAGEは、ガノタのほうを向いていない」

 
 で、『ガンダムAGE』。
 この新しいガンダムは、前段のガノタ向きエッセンスに乏しい第一話で開幕した。
 
 親譲りのガンダム・起動シーン・初襲撃のスタイルなどは、一応、初代ガンダム以来のオマージュととれなくもないし、どうやら主人公は悲劇を背負っているようにも見える。が、『ガンダム00』や『Zガンダム』のような組織間の衝突を示唆するような説明を欠いているし、“これから坊やは人殺しをするんだぞ”という緊迫感も存在しない。そもそも、第一話のタイトルからして「救世主ガンダム」であって、どうやらガンダムに乗るのは良いことのようで、大人達も、意外と子ども扱いせずに応援してくれていたりする。全体的にマルっとした人の絵柄も、どこかのんびりとした印象を与える。
 
 アニメの第一話をマニフェストとして見るなら、『ガンダムAGE』のマニフェストはおよそガノタ向きのものではないように見える。ガノタ保守層の間でも賛否両論だった『ガンダムSEED』『ガンダム00』も、第一話では、それなりにガノタ保守層好みのマニフェストを提示して見せていたが、『ガンダムAGE』の第一話が送ってきたのは、「これは子ども向けにチューンされたガンダムです。おっさんの相手は二の次三の次」というようなメッセージのように読めた。このマニフェストで、ガノタ保守層が喜ぶとは思えないし、実際、批判的な意見もあるようだ。
 
 [関連:]http://yaraon.blog109.fc2.com/blog-entry-4506.html
 
 ともあれ、今までのガンダムシリーズで描写されてきた人間模様を、そのまま期待して良いのか、甚だ怪しい雲行きのように見える。
 
 

「ガノタでも腐女子のものでもないガンダム」

 
 ただし、ガノタ的な固定観念を離れて見るなら、『ガンダムAGE』はそう悪い所信表明をやったわけでもない。キャラクターの配置や大人達の台詞から察する限り、このアニメは幼稚園年長組〜小学生(と、その父親)をターゲットとして意識しているように見えるし、実際、そういうアナウンスもあったと聞いている。
 
 だとすれば、従来型のガノタ的な作品とは全然違った方向をマニフェストするのは自然だろうし、人間模様や感情描写が、成人から見てやや稚拙に感じられるぐらいでちょうど良いかもしれない。小学生の万能感をくすぐるのに最適な作品が、高校生の万能感をくすぐるのに最適な作品ではないのと同様に、やおい同人女子層や独身ガノタ中年にウケるアニメと、小学生にウケるアニメ*1は全く違っていて然るべきだろう。
 
 このことを考えに入れて眺めるなら、『ガンダムAGE』はそんなものなのかなという気がする。これぐらい素直で幼く見え、大人の応援に無条件に囲まれても葛藤の無い非-思春期的な主人公で、たぶんいいのだろう。たぶん。そして“これから坊やは人殺しをするんだぞ”的な陰惨さはコントロールされていなければならず、富野監督の作品にありがちだった、人間の危うい情念がしたたるような作品を目指してもいけないのだろう。ガノタ的な物語観からすれば、甚だ面白みの無い、憤懣やるかたない路線かもしれないが、現役小学生とその父兄が喜んでくれるなら成功で、『アンパンマン』ほどではないにしても、わかりやすく、安全な、小学生的なガンダムであるべきなのだろう。
 
 それにしても、これほどまでに小学生のほうを向いたガンダムが、今までにあっただろうか?
 
 もちろん、玩具メーカーの思惑的にはガンダムは子どもにもウケなければならなかったし、実際、ガンプラは小学生にも売れ続けてきた。が、ガンダムという作品自体はつねに思春期向けの、小さな子どもには十分に愉しみきれないコンテンツを送り出し続けてきていた筈である。
 
 ひこ・田中さんの『ふしぎなふしぎな子どもの物語』には、初代ガンダムについて以下のような記述がある、
 

ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか? (光文社新書)

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 放送が始まった頃、原作者であり監督でもある富野由悠季(善幸)は、「宇宙移民が行われたという時代背景と、いろんな所での利害関係から起きた戦争というものが人間にとって何であったか……そういうことが多少抽象的になるかもしれないですが、絵空事にならないようにこちらの主張をつらぬいていきたいと思います」と述べていますから、最初から高年齢を射程にしていたことが窺われます。
 結果的には、制作者側にとっても企業側にとっても、そしてアニメ界のそれからの歴史を見ても、百パーセントオーケーなのでしょうが、七十九年の午後五時半にロボットアニメを愉しみにしてテレビの前に座った小さな子どもたちは、こけにされたわけです。
     ひこ・田中『ふしぎなふしぎな子どもの物語』光文社新書、2011、 P150より抜粋

 
 ガンダムの、思春期向けコンテンツとしての性質がここからも窺われるし、この高年齢を意識する傾向は、『ガンダム00』に至るまでほぼ一貫していたように思う*2。そんなガンダムシリーズが、本気で小学生のほうを向いたとすれば、これは驚くに値することだし、根本的に違った作品になる、と考えざるを得ない。
 
 

「どうしてガンダムが、子ども向けにならなければならないのか?」

 
 ただ、こうやって考えると、“どうしてガンダムが、子ども向けにならなければならなかったのか?”という疑問が沸いてくる。ガノタ保守層の期待を裏切る可能性を冒してまで、あえて低年齢帯をカヴァーしようととしているのは何故なのか?ガンダムというコンテンツである必然性はあるのだろうか?
 
 ひとつには“若い世代にもガンダムを植え付けたい”という思惑があるのかもしれない。しかし『ガンダムSEED』や『ガンダム00』がそれなりに新しいガンダムファンを獲得したことを思うにつけても、わざわざ対象年齢を変えなければならない必然性があるのか、よくわからない。
 
 あるいは『ガンダムUC』が連載中であることを踏まえ、コンテンツの棲み分けが意識されているのかもしれない。“保守的なガノタのお客さんは『ガンダムUC』をどうぞ”というやつだ。
 
 実際には、ほかにも色々な“大人の事情”があってのことだろう。ブランドとしてのガンダムをどう有効活用するのかは、散々考えられているに違いないのだから。
 
 どういう背景があってこうなったのかは、一ガノタには想像もつかない。
 
 ただ今は、「ああ、『ガンダムAGE』はこういう形でしかあり得なかったんだ」と納得できるような物語を期待しながら、テレビの前で待つしかない。これからガノタ的な固定観念に近づくのであれ、一層遠ざかっていくのであれ、ただの小学生向け佳作アニメで終わってしまって欲しく無いと願う。わざわざガンダムという名前を背負って一年間の連載をやるからには。
 

ちょっと追記

 ガノタの人から、『ZZガンダム』や『Vガンダム』の初期は子供向けじゃなかったか、という突っ込みが入っているけど、それらはもう少し思春期向けの要素があったと思う。ZZの一話は、いきなりヤザンが出てきてサエグサさんが切られて、ジュドーが大人に憤っていたし、Vガンダムも、ウッソ自身はともかく、クロノクルとファラの会話がいきなり富野節全開で、お茶の間の小学生そっちのけの内容。こういうエッセンスを『ガンダムAGE』は除いてスタートしてるんじゃないの?と言いたいわけでございます。
 

*1:そしておそらく、大人が安心して小学生に見せられるアニメ

*2:例外は、『SDガンダム』シリーズぐらい。