シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ネットコミュニケーションの七面鳥化・コオロギ化

 
 最近、あまり深く考えないでインターネット上に感情表出しやすくなったと思う。
 
 『twitter』で「お気に入り」ボタンを押しまくったり、『ニコニコ動画』のコメント弾幕で盛り上がるのに、私も慣れてしまった。そういった行為には、一応、個人の意思表明が含まれてはいる。けれども“あまり考えずに自分も乗っかる”的な、“みんなでワッショイ”的な気分に流されて、ただ同調の快楽を求めちゃっているなぁと後になって気付くこともある。
 
 そういう、“みんなでワッショイ”的なインターネットの使い方に慣れてしまった自分自身を振り返ると、なんだか七面鳥みたいだなぁと反省せずにいられない。
 
 動物園で七面鳥を見たことのある人なら知っているだろうけど、七面鳥は、一羽が鳴くと皆が一斉に鳴く。以下の動画を見ていただければ、それがよくわかる。
   
 この、七面鳥が一斉に鳴く有様と、『ニコニコ動画』で“コメント弾幕”で一斉にコメントして陶酔する有様って、そんなに違わないのではないだろうか。
 
 もちろんこれは『ニコニコ動画』だけの話ではなく、他のネットサービスにも当てはまる。“みんなでワッショイ”的な陶酔モードは、『2ちゃんねる』でも『twitter』でも観察される。有名人のブログが炎上する際に、コメント欄が似たような台詞で埋まるのも、似たようなものかもしれない。
 
 また、最近は、わざわざ文章や動画で自己表現しなくとも、ワンクリックで自分のエモーションを表明できるサービスがたくさん存在する*1。とても便利だし、こういうサービスでたくさんのコミュニケーションが新たに創られたとも思う。その一方で、こうしたお手軽な感情表出の手段がネットに増え、“みんなと一緒にクリック”で成立するコミュニケーションに慣らされていくにつれて、人間のコミュニケーションから遠ざかっているような気もする。ワンクリックのコミュニケーションって、七面鳥どころか、もうコオロギか何かのコミュニケーションみたいじゃないですか。
 
 “コメント弾幕”で盛り上がっている時、あなたの気持ちは本当にそこにあるのか?
 「いいね!」をクリックした時のあなたの気持ちは、どの程度の内実を持っているのか?
 
 ワンクリックの感情表出や、コメント弾幕による感情共有はイージーきわまりない。でも、そうしたイージーで単純なメソッドに慣らされていくなかで、自分自身の感情表出までもが単純化していって、自分自身の主張や感情についてあまり考えなくなっていくとしたら、恐ろしいことだなぁと思う。少なくとも私は、七面鳥やコオロギのようにはなりたくない。
 
 便利なネットサービスが増えるのは素晴らしいことだ。けれども、そこで交換されるコミュニケーションの“質”や“ニュアンスの複雑さの程度”については、ときに振り返っておいたほうがいいと思う――単純なコミュニケーションに慣れすぎた挙げ句、頭の中まで単純になってしまうのが嫌な人は。
 
 [関連:]http://ulog.cc/a/medtoolz/5363
 

*1:はてなスター、いいね!、お気に入り、等々。