シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

コミュニケーションのテキスト化・ワンクリック化

 
 “誰もがコミュニケーションを連呼する現代社会。でも、本当にコミュニケーションは増えてるの?”という疑問を投げかける文章を見かけた。
 

世の中が進めば進むほど、コミュニケーションはいらなくなるよ。そしてコミュニケーションがいらなくなるようなサービスが増える。老人ホームしかり、様々な自動販売機しかりだ。インターネットなんて最たるものだ。一定のコミュニケーションはあるけど生生しいコミュニケーションからは遠ざかる方向だ。

http://d.hatena.ne.jp/iroiroattena/20100827/1282861176

 
 なるほど確かに。
 居酒屋やファーストフード店でも、Face to Face のコミュニケーションが最小化できるようなシステムが増えてきた。コンビニやショッピングモールでの会話も、コミュニケーションと呼ぶのを躊躇いたくなるぐらいテンプレート化されていて、そのお陰でコミュニケーションが苦手な人でも利用は難しくない。
 
 少なくとも、「生々しいコミュニケーション」「Face to Face なコミュニケーション」が減っているのは間違いないと思う。
 
 

新しく“生み出された”コミュニケーション

 
 じゃあ、コミュニケーション自体は本当に減っているのか?
 
 いや、実際には減ってはいない。前述のオーダーリングシステムにしても、簡略化・効率化はされていてもこれはこれでコミュニケーションの一種であり、注文のやりとりという肝心な役割は果たされている。twitter・SNS・携帯メールの会話にしても、生々しくはないけれどもコミュニケーションとしての役割は一応担えている。
 
 そして、手すきの時間にスマートフォンや携帯電話をいじっている人達を見ればわかるように、昔だったらコミュニケーションに使われていなかったであろう時間を、コミュニケーションに充てる人が増えてきた。ソーシャルゲームやオンラインゲームにも、コミュニケーション的なエッセンスが多分に含まれている。そして Face to Face のコミュニケーションが苦手な人が、インターネット上でなら問題なくコミュニケーションできている、という風景も珍しくなくなった。昔だったらきっと実現していなかった筈のコミュニケーションが、たくさん生み出されている。
 
 こうしたコミュニケーションまで考慮するなら、世の中のコミュニケーションの“総和”はあまり減っていないか、もしかしたら増えているかも、ということになる。
 
 

テキスト化・ワンクリック化してゆくコミュニケーション

 
 ところで、昔ながらのコミュニケーションは、イントネーション・表情・ボディランゲージといった、言語以外の情報量が豊富だった。それを単なるノイズとみなすか複合的なデータバスとみなすかは人それぞれにせよ、とにかくも単位時間あたりの情報密度が高かったのは間違いない。
 
 それが近年、コミュニケーションの機械化・電子化によって、情報量が簡略化されたメールや写メールなどに(ぜんぶではないが)とって代わられた。ここでは、コミュニケーションの量的変化よりも質的変化のほうが注目に値する*1。コミュニケーションが、どんどんテキスト化・サムネイル化してきている、というか。
 
 そしてコミュニケーションの簡略化のなかで最も極端なのは「ワンクリックのコミュニケーション」だ。twitterの「お気に入り」ボタンやFacebookの「いいね!」ボタンの類は、ボタンひとつで「気に入った」ということを伝えられる。ここではもう、コミュニケーションはテキストですらない。そして誰からのメッセージも一律だ。
 
 [関連:]最小のアクションで最大のリアクションを - ぼくはまちちゃん!(Hatena)
 
 リンク先では、ワンクリックコミュニケーションのメリット――リアクションが得やすい――が紹介されている。「考えなくてもいい」「キーボードにすら触らなくてもいい」というのは大きな長所だと思う。もちろん、こういうことをやれば「もともと有名な人にリアクションがさらに集中する」「ワンクリックという心理的報酬の“物々交換”や“通貨化”が起こる」といった問題が発生するだろうが、より簡便に、よりたくさんのコミュニケーションが創出されているのは確かだろう。
 
 

まとめ

 
 ここまでを踏まえ、従来からの Face to Face なコミュニケーションと、新しく“生み出された”コミュニケーションとを比較してみる。
 

    従来型のコミュニケーション “生み出された”コミュニケーション
用いられる媒体 自分自身の身体 オンライン、テキスト中心。ワンクリックの事も
単位時間あたりの情報密度 密度が高い メッセージは簡略化されている。密度は低い
コミュニケーションの場 Face to Face。オフライン メディアを経由する。たいていオンライン
メッセージ発信 その場にいる人にしかメッセージを送れない 場所に関係なく、多くの人にメッセージを送れる
メッセージ受信 原則として一人の人間から 短時間に不特定多数から受信可能
コピー可能性 コピーできない 簡略化・断片化しているほどコピー可能。

 
 こうやって見ると、利便性でいうなら、新しいタイプのコミュニケーションのほうが便利そうにみえる。とはいえ、身体性の問題や情報密度、コピーできない希少性など、Face to Face なコミュニケーションには代替困難なエッセンスが含まれている。結局のところ、一番重要な決定場面や親密な関係づくりには、従来通りのコミュニケーションが欠かせないという事は忘れてはならず、テキスト化・ワンクリック化したコミュニケーションに全てを依存するわけにもいかないのだろう。
 

*1:勿論、こうした変化の先駆けが無かったわけではない。手紙や電信や電話などがそうだ。これらはコミュニケーションの距離的問題を大きく変えたと言える。しかし、それらは携帯メールやSNSほどカジュアルに何時間も占領できるものではなかったので、ここで挙げているような変化を日常生活にもたらすには至らなかった。