シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

『けいおん!』は美少女-所有願望を充たすのに向いているか

 
 けいおんは男性視聴者が唯たちを所有するように作られているのか - Togetterまとめ
 
 twitterで、上記リンク先のようなやりとりがあったらしい。
 争点になっていたのは、『けいおん!』は、男性視聴者が美少女キャラクター達を自分のモノにしているかのような疑似体験に適したコンテンツだったか否か、というものだった。それに関連して、キャラクターの造形や作品構造なども論議されていたようだ。
 
 よりにもよって『けいおん!』でこの手の議論をやるのかぁ?と思った。
 
 『けいおん!』は、そこまでわかりやすく消費されていないのではないか?ひとつの作品がどのようなニーズのもとで消費されているのかは、それなりのバリエーションを伴っているのが常だろう。『けいおん!』は、そのなかでもバリエーションが比較的大きく、単一アングルで消費傾向や新規性を指摘するのが躊躇われる作品ではないか、と思ってきた。
 
 

『けいおん!』は、美少女-所有願望にはあまり向いていないのでは?

 
 確かに『けいおん!』を介して美少女所有願望を充たす男性視聴者というのもいるだろうし、少なくとも不可能ではなかろう。しかし、『けいおん!』は、そのような男性の所有欲を煽るような工夫が十分だろうか?例えば『とある魔法の禁書目録』『ゼロの使い魔』などと比べた時、そうだとは私には思えない。
 
 というのも、男性主人公に対してであれ、テレビの前の大きなお友達に対してであれ、『けいおん!』のキャラクターには媚びが少ない。彼女達は“十分にかわいく”描写されてはいるが、男性に媚びるような身振りや、いわゆるこいつら食べちゃって下さい的な異性を煽るようなお膳立てが、足りないようにみえる。あるいは男性による保護欲を刺激するような描写・オタクに媚びた目線を投げかけるような描写といった、ライトノベルやギャルゲーではおなじみの、所有する側としての男性を意識した振る舞いやシーンが、それほど豊富ではないと私には見えた。
 
 むしろ、『けいおん!』は、作品内部の女性キャラクター同士の関係でだいたい完結していて、視聴者の所有願望を滑り込ませる余地が少なめの作品のようにさえ見える。あの作品の女性キャラクター達を、男性視聴者が“モノにする”ようなシチュエーションってあまり無いのではないだろうか。それこそ、おざなりなエロ同人誌のごとく、作品世界との接続性が乏しい、かなり強引な想像力(たとえば個人的な妄想の世界にキャラクターを拉致監禁するような)を働かせなければならないのではないか。つまり『けいおん!』で美少女所有願望を充たそうと思ったら、そのための妄想力、もとい想像力がかなり必要で、所有願望を充たすには必ずしも適していないのでは、と思う次第である。
 
 一方、例えば『ゼロの使い魔』などは美少女所有願望を充たすための仕掛けがいかにも豊富だ。“モノにする”シチュエーションどころか、“美少女の媚態が数限りなく提供されるハーレム世界”である。男性主人公の存在は、その世界に没入するための橋頭堡として利用してもいいし、利用しなくてもまあそんなものである。シエスタやアンリエッタのキャラクター特性なども、煽り満点と言える。
 
 こうした、『ゼロの使い魔』のようにガッチリと美少女が所有欲を煽ってくれる作品を振り返る時、あるいは『ローゼンメイデン』のようにいかにも消費者が美少女の所有*1を連想しやすい作品設定を思い出すとき、『けいおん!』の構図は、所有願望しにくいなぁと思わずにいられなかったりする。
 
 

『けいおん!』は美少女への自己投影に適しているか?→まあまあかな?

 
 では、美少女キャラクターに自己投影するのに『けいおん!』は適していると言えるだろうか?
 
 ある程度、そうだと思う。澪や梓や唯に我が身を重ねることで自己愛充当する&作品世界内に没入したり、レズっぽい想像を楽しんだりというのは、それなりにやりやすかろう。特に、ジェンダーとしての男性っぽさが苦手な男性が、男性性を迂回しながら、それでも美少女とのキャッキャウフフを堪能したいというニーズには合致した作品だろうと思う。
 
 けれども、このアングルをもって『けいおん!』を特徴づけ過ぎてしまうのもちょっと躊躇われる。主要な消費者が自己投影しやすいようにキャラクターが見事に配置されている『らき☆すた』や『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』などと比べたとき、視聴者が自己投影しやすそうな属性をそこまで鮮やかに(あるいはあざとく)キャラクター達に貼り付けているわけでもないようにみえる。“まあまあ自己投影がやりやすい”ぐらいではないだろうか。少なくとも、この作品が、キャラクターへの自己投影*2を計算したうえでつくられていると判断する材料は十分ではないようにみえた。
 
 

『けいおん!』の魅力は…私にはうまく言語化できません

 
 美少女所有願望を充たす作品としての特徴が明確でなく、かと言って、美少女キャラクターに自己投影することでナルシシズムを充たす傾向もクッキリしているわけでもない……『けいおん!』には、そのような単一アングルでキャラクターや舞台装置を説明しにくい、スッキリしないところがあるように思える。
 
 もちろんここでいう“スッキリしない”というのは褒め言葉のつもりで書いている。“魅力が複雑”とも言えるかもしれない。
 
 所有願望や自己投影だけでなく、熱帯魚観賞のような楽しみや、箱庭を丸ごと所有するような思い込みも可能で、緩い日常と裏腹な時間感覚、軽音楽という狙いどころ……いずれも『けいおん!』に欠かせない特徴だろうけど、『けいおん!』の魅力をどれか一つで特徴づけてしまうほどでもない。普通、これだけ特徴がばらまかれた作品であれば、とらえどころのない凡作になってしまいそうなものだが、そうならずに作品としての統合を維持している;ここに、『けいおん!』というよくわかんないアニメの、よくわかんない凄さがあるように私などには見えるし、魅力の方向性やねらいどころが明確な作品と違った味わいがあるようにも思える。
 
 以上、『けいおん!』を言語化しきれずいる、一個人の私見を書いてみた。私には『けいおん!』の魅力を言語化し尽せそうにないし、どこまで捉えきれているのか自信も無い。もしかしたら、何か大切なことを見落としているかもしれない。いずれにせよ、こういう、うまくまとめきれない作品に遭遇して、よくわかんないなぁと首をひねりながら楽しむのも、たいへんな喜びだなぁと思ってます。
 

*1:ついでに美少年の所有も!

*2:正確には男性視聴者の自己投影。女性視聴者にとっては…どうなんでしょう?