シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

褒められ慣れていない人の悲劇

 
 よく“褒めるのは難しい”といいますが、実は“褒められるのもけっこう難しい”っていう話。
 
 上司に評価された時。
 誰かに好きだと言われた時。
 ありがとうと言って貰えた時。
 
 「べっ別に、あ、あんたなんかに評価されたくて、やったんじゃないんだからね!」
 
 と自己弁解したくなってしまう人や、黙って俯いて赤くなっている人って、巷にも案外いるんですよ。なんというか、褒められたら情緒的にパニクってしまったり、いたたまれなくなってしまう人。
 
 これがアニメに出てくるキャラクターなら、かわいいツンデレですねで済む話ですが、現実の人間の場合、褒められるたびにパニクっているようでは大きなハンディになってしまいます。褒められてもモチベーションが確保できないどころか、やがて、褒められるのを避けるべく屈折したパーソナリティを身につけてしまうかもしれません。
 
 「褒められたら、褒められた分だけモチベーションが得られる」ってやつは、出来る人には当たり前のこととして感じられるかもしれません。ところが、褒められ慣れていない人にはかなり難しいことらしいなんですよ。不幸なことに、この「褒められ慣れていない人の存在」についてはあまり世間では知られていません。
 
 

褒められ慣れていない人が褒められてしまった時の反応

 
 以下に、褒められ慣れていない人が褒められた時のリアクションでよく見かけるタイプを3つほど紹介してみます。
 
 
 【1.ひとつ褒められたら自分のすべてが褒められたと勘違いしてしまう人】
 
 実際に褒められたのは一つの行動・一つの側面だけなのに、褒められた瞬間に舞い上がってしまって、自分の全てが称賛されたかのように勘違いしてしまうタイプの人。一見、このパターンは幸せそうにみえますが、周囲から痛い人だと思われたり、有頂天になったあげく無茶をやって自滅してしまったりするリスクが高くなったりしてしまうのが欠点です。
 
 なんというか、このタイプの褒められ慣れていない人は、科学っぽく表現するなら褒められたときの感じ方が定量的*1というより定性的*2っぽいんですよ。全部褒められたか、全部否定されたかの二択というか。褒められているのが自分のどの側面・どの程度なのかを把握できないまま、有頂天と地獄を行ったり来たりするばかりでは、渡る世間はジェットコースターのようです。
 
 
 【2.いちど褒められたら、褒められ続けるために全力疾走しすぎてしまう人】
 
 1.と似たタイプに、一度褒められたら、褒められ続けていないと不安になってしまう人がいます。褒められるのは嬉しいけれど、その嬉しさがフェードアウトすることが不安で耐えられないあまり、全力投球しすぎてしまう人達。ですが、いくら褒められなくなるのが不安だからといって、手加減せずに全力疾走ではいつか力尽きてしまいます。
 
 しかも、この手の全力疾走の必死さ加減というのは周囲にビリビリと伝わりやすく、このため周囲の人まで疲れさせてしまうことが多いのです。自分自身が疲弊するだけでも大変なのに、周囲の人まで巻き込んで疲弊や緊張を強いてしまうようでは、「あの人と一緒に仕事をしていると気疲れしやすい」と評価されがちです。
 
 「褒められ続ける為に全力疾走しすぎてしまう人」の真の悲劇性は、ただ単に自分が頑張りすぎて疲れてしまうだけでなく、周囲の人にも疲弊や緊張を伝染させ、そのことによって周囲の評価が急速に悪化してしまう点にあると思います。
 
 
 【3.褒められると怖くなって、逃げ出してしまう人】
 
 さらに褒められ慣れていない人や、1.2.の繰り返しで倦んでしまった人のなかには、褒められる状況から逃げ出してしまう癖がついてしまっている人もいます。
 
 仕事仲間であれ、友人関係であれ、恋愛関係であれ、ある程度以上に褒められたり評価されたりすると、嬉しさよりも怖さや疎ましさを感じるようになって、ある日突然、関係を破棄してしまったり辞めてしまったりする人達。褒められてしかるべき美点やユーモアや能力を持っているのに、褒められているうちに落ち着かなくなって、人間関係を清算するか壊しにかからずにはいられないというのは、傍目には随分もったいないことのようにみえるかもしれません。しかし、褒められることに脆弱な人達・褒められすぎるとパニックになってしまう人達にとっては、必要な処世術なのでしょう。
 
 しかし万事が万事こんな調子では、好意的な評価を集めるどころか、一定以上の親密さを築くことが難しくなってしまいます。なんというか……『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公をもっと悲惨にしたタイプというか……嫌われそうな場面から逃げ出したくなるだけでなく、褒められそうな場面からも逃げ出したくなるタイプとでも言えばいいのでしょうか。これはこれで、にっちもさっちもいかない境地です。
 
 

褒められ慣れていない人に共通する傾向と、対策

 
 1.2.3.どのタイプにも共通しているのは、“褒められる”という一事に対して、極端に敏感で、気楽に褒められることが出来ない・褒め言葉を仰々しくしか受け取れない、という傾向です。褒められる/褒められないという一事に対して、あたかも自分の価値や運命のすべてが賭けられているかのようにもみえますし、他者からの評価に対して過敏すぎるようにもみえます。
 
 たぶん本当は、こうした褒められ慣れていない人達も、全人格を全肯定されるような体験を三年間ほど続けば、ちょっとは褒められ慣れるようになるんじゃないかと私は推測しています。しかし、実社会のなかで他人に褒めてもらえることというのは、細々とした行動や技能の一つ一つであって、全人格を全肯定だなんて望むべくもありません。大人の世界では、「ダメな俺も全部受け止めてくれ」と言ったって、なかなかそうはいきませんから。
 
 次善の策は、褒められ慣れていない人がビックリしたり逃げ出したくならないように、スローにわずかに褒める、ぐらいでしょうか。褒められ慣れていない人にとっては、普通に褒められるぐらいの感覚が過剰刺激になるかもしれない、という可能性を頭に入れておくことが、ささやかな対応策になるかもしれません。やたら絶賛したり急に心を寄せたりするのではなく、細く長く褒めるというか……“そっと褒めないと、この人は褒め潰されてしまうかも”ぐらいの感覚が大切というか。
 
 たいていの場合、褒められ慣れていない人にとって一番安定的なのは、10%〜20%の褒め(というよりむしろ信頼)を恒常的に提供するような距離感ではないかと思います。
 
 

褒められ慣れていない人は、たぶんあなたの傍にいる

 
 このタイプの日本人は、案外いろんなところに潜んでいて、しかも結構有能なのに、褒められ慣れていないがために疎まれていることもあったりします。たぶん、あなたのオフィスやクラスにも一人二人ぐらいは混じっているんじゃないでしょうか、褒められ慣れていない人。もし発見したら、褒め潰してしまわないよう、そっと褒めるように気をつけましょう。
 
 叱咤や拒絶と同じぐらい、称賛や褒めを苦手としている人がいるってことは、もっと知られていいと思います。
 
 

*1:0から100までの程度問題を計る形式。BTB溶液のような。

*2:0か100か・陽性か陰性か、リトマス液のような。