シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「思春期の後半」という季節の重要性

 
 26歳ってもう新しいことを始めても年齢的に上には行けないよね 悔しい…若い人たちが羨ましい… | ライフハックちゃんねる弐式
 
 「26歳になって新しいことを始めても、もう上にいけない」。二十代前半の人ならそう言うかもしれないし、私も24歳ぐらいの頃、案外似たようなことを思っていたかもしれない。
 
 けれども実際に通り過ぎてみると、26歳〜30代前半ぐらいの年齢って、人生にとって物凄く大切な、勝負どころのような時期じゃないのか?と思う。 (自分自身を含めて)さまざまな26歳〜30代前半をみてきたけど、思春期という大風呂敷が形になるのも、30代中盤以降の生き方の大枠が固まるのも、この、思春期後半をどう過ごし何を経験してきたか次第のようにもみえる。
 
 この勝負の季節にさしかかって「もう上にいけない」と匙を投げるなんて、早合点もいいところだ。まだどう転がるか分からないゲームを試合放棄するのに等しい。
 
 

すごく重要な「思春期の後半」という季節

 
 26歳〜30代前半という年齢層は、思春期が長期化した現代の基準からすれば「思春期の後半」に相当する。この「思春期の後半」というポジションの重要性と面白さは、もっともっと知られていいんじゃないかと思う。
 
 10代〜20代前半の頃とは違い、これぐらいの年頃になってくると、第二次性徴への戸惑いも大分薄れ、社会経験も蓄積しはじめ、世間のことも多少は見えるようになってくる。年長世代からは未熟に見えるかもしれないが、それでも二十歳前後のような、怖いもの知らずの無鉄砲さは峠を越している。と同時に、歳を取り始めてはいても思春期の瑞々しい感性は枯れておらず、身体能力や思考の柔軟性もまだ保たれている。そのくせ社会的には「最年長の思春期」と看做されることはあっても「若作りしている中年」とは看做されない分水嶺も、このあたりに位置することが多い*1。だから、分野にもよるが、まだ失敗が致命傷にならない余地が残されている。
 
 このため、26〜30代前半というのは、エネルギーや柔軟性といった思春期の長所を残しつつ、思春期の短所である衝動性や未経験っぷりを(ある程度まで)カバーしているという、他の年齢では望みようのない条件を揃えた時期、ということになる。しかも、トライアンドエラーに伴う失敗に対する世間の寛容さも、まだ僅かに残っている。これを、「思春期の終わり」として考えるのではなく、「多少は周りのことが見えるようになっている思春期」・「思春期全体のなかでは最年長として振舞える思春期」という風に考え直してみれば、そのメリットの大きさがわかるというものだ。
 
 何か新しいことをはじめるにしても、今までのことを延長・発展させていくにしても、この時期なら、将来への発展見通し・計画性といったものを意識して行動選択することが出来る。全部が全部お利口に選択できるわけではないにせよ、二十代前半に比べれば、向こう見ずな衝動に振り回されてだめになってしまう確率は少なくなる。
 
 また、「思春期全体の最年長の時期」ということは、他の思春期のメンバーに対して社会経験上のアドバンテージを持った状態でコミュニケート出来る、ということでもある。二十代前半の人なら躓くことや迷うことにも引っかかりにくくなるので、二十代前半の時に頓挫するしか無かったことでも、二十代の後半になれば実現可能になっていた、なんてことも珍しくは無い。
 
 

この一生に一度の季節を、ただ漫然と過ごすのか、精一杯使い切るのか。

 
 たいていの人の場合、思春期特有のエネルギーと柔軟な感性を、社会経験や判断力と協調させて花開かせることが出来るのは、この年頃を置いて他に無い
 
 新しい何かを始めるにしても、二十代前半の集大成をやるにしても、26歳〜30代前半というのはあまりにもチャンス過ぎて、これを見逃すなんてとんでもない!人生の浮き沈みを規定する度合いとしては、ひょっとしたら二十代前半より大きいかもしれない。
 
 この一生に一度きりの季節を、ただ漫然と過ごすのか?それとも生き急ぐほどに精一杯使い切るのか?どちらにしても、歳月は、人を待ってはくれない。
 

*1:若干の個人差はあるにせよ