シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

あなた、身体から情報が漏れてますよ?――非言語メッセージは隠せない

 
 
 インターネットに慣れ過ぎている人のなかには、身振り・声音・表情 といった非言語メッセージに苦手意識を持っている人も多いように見受けられます。そのような人達のなかには、非言語メッセージにできるだけ頼らず、なるべく言語メッセージに頼ろうと願っている人もあるのではないでしょうか。
 
 例えば、「わたしは非言語のメッセージは苦手だから、言語に頼ってコミュニケーションしよう。」といったような。
 
 
 この処世術、一見すると上手くいきそうにみえるしれません。少なくとも、twitterやMixiのような空間では実際に成功しそうです。けれど、日常生活のなかで・学校や職場環境で、このような処世術を採ろうとすると、実際にはどうなるでしょうか?
 
 

非言語コミュニケーションが苦手≠非言語メッセージを表出しない

 
 よく、勘違いしている人がいると思うんです。
 
【非言語コミュニケーションが苦手=非言語メッセージを表出しない】
 
 って。
 
 確かに、非言語コミュニケーションが苦手な人の多くは、ふだん、言葉の抑揚が乏しかったり、言葉にあわせて顔の表情が変化しなかったり…非言語メッセージの表出頻度が少なめかもしれません。また、当人が、意図して非言語メッセージを発しているようにもみえません。
 
 ところが、そういった人達の非言語メッセージが弱くて読み取れないかというと、全くそんなことはありません。笑う場面では「ああ、笑ってる笑ってる」とはっきり分かるし、怒っている時には怒りの表情が伝わってきます。また、焦っている時には声が上ずるし、痛いところを突かれれば顔が歪んだりもするわけです。
 
 むしろ、非言語コミュニケーションに不慣れな人のほうが、非言語コミュニケーションに慣れている人より、声音や表情などに感情がストレートに反映される、というケースが案外多いのではないでしょうか。やたら読み取りやすくて誤解しようのない非言語メッセージが、本人の意図とは無関係に漏れ出てしまう……そういう人って、かなり多そうです*1
 
 

「言葉では強がっていても、身体は正直だな」

 
 面と向かってやりとりしている時、人間は、言葉だけを情報源としてコミュニケーションしているわけではありません。言葉が重要なのはもちろんですが、表情や身振りや声音のような、言語以外の情報を“送受信”することで、感情や緊張度合いなどを読みあっているわけです。これを読まないようにするのは簡単ですが、読めないようにすること、言い換えれば自分の身体から非言語メッセージが漏れないようにマスクすることは、容易ではありません。
 
 だから、非言語コミュニケーションが苦手で言葉にすがりたいと願っている人が、「自分は言葉に頼ってます」「私は言葉だけが真実で、表情も身振りも真実ではありません」などと宣言してみたところで、殆ど意味はありませんし、無駄というものです。どれだけ言葉だけでコミュニケーションしたいと願っても、あなたの顔面から、身体から、声帯から、非言語メッセージが漏れ出てしまうのですから。例えば、言葉で強気のメッセージを伝えたい時でも、声が震えて視線を逸らしっぱなしでは相手はビビってくれないでしょうし、言葉で愛してると言っていても眠そうなまなざしでは信じてもらえそうにありません。*2
 
 非言語メッセージを巧みに操るのも難しいですが、非言語メッセージを消去するのも、かなりの難しさです;このことを忘れて、言葉にすがりつこうと頑張った挙句、身体からは非言語メッセージダダ漏れ、情報ダダ漏れというパターンの人は、かなり多いのではないでしょうか。
 
 

非言語メッセージをマネジメントするということ。

 
 非言語メッセージを巧みに操るのも、消去するのも、突き詰めて考えれば非言語メッセージのマネジメントということであり、意図的な制御を行うということです。非言語メッセージをできるだけ消去したい・少なくともエモーショナルな情報は出来るだけ漏洩させたくないと願っている人は、結局のところ、この非言語メッセージのマネジメントという難題に直面せざるを得ません。
 
 しかし、非言語メッセージのマネジメントがそこそこ出来ているという時点で、既にその人はそれなりに非言語コミュニケーションの使い手である可能性が高く、言葉だけに依存しようなどとは考えないような気がします。結局のところ、この問題は、言葉の長所と短所/非言語メッセージの長所と短所、それぞれを弁えながら、自分の手癖を知りつつ、習熟していくしかない、というのが結論だと思います。
 
 とはいえ、非言語メッセージには感情が大きく関与するので、それを意識や理性で完全にコントロールすることは出来ませんし、コントロールしようと頑張りすぎれば神経が参ってしまいます*3。現実的なおとしどころは、「非言語メッセージを完全にコントロール」ではなく、「非言語メッセージをある程度コントロールはできるよう意識しつつ、完全にコントロールしようとするのは不健全と心得る」あたりではないでしょうか。
 
 

人は、言葉のみでコミュニケートするにあらず。

 
 言葉だけで巧く繕っているつもりが、非言語メッセージがダダ漏れで「言葉かくして、顔、かくさず」みたいな状況に気づかぬままでは、足もとをみられるのがオチです。
 
 非言語コミュニケーションに苦手意識を持っていて敬遠している人も、ときには自分の身体から漏れずにいられない非言語メッセージを振り返ってみては如何でしょうか。意外な盲点や、動揺している時の自分の癖などに気づくかもしれません。自分自身が今、どんな非言語メッセージを漏らしているのかを多少意識できるようになるだけでも、実際には、かなり重宝すると思います。
 
 

*1:だからと言って、こういう人達が「素直」かというとそうでもありません。言葉では全く素直でないのに、非言語メッセージはやたらストレート、というツンデレみたいなタイプがかなりいます。

*2:それと、非言語メッセージを伴わない言葉なんて、嘘がいくらでもつけるわけですから、非言語メッセージと言語メッセージが一致しない場合、人はたいてい言語メッセージに疑いを持ってしまうものです。尤も、非言語メッセージのマネジメントが得意すぎる人の場合、それを裏手に取って言葉で本当のことを話して、表情や声音で嘘をついて逆ハメするという芸当をやってのけることもあるらしいですが、あくまで例外でしょう。

*3:実際に、意識や理性で非言語メッセージをコントロールしようと無理し過ぎた挙げ句、鬱病などの感情障害に罹患してしまう人は珍しくありません。