シロクマの屑籠

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【シュタインズゲートネタバレ】“鳳凰院凶真”にみる中二病の功罪

 
 

Steins;Gate (シュタインズ・ゲート) (通常版)

Steins;Gate (シュタインズ・ゲート) (通常版)

 ※この文章は、『シュタインズゲート』のネタバレを含みます。まだやっていない人は読まないほうが良いような気がします。
 
 
 ビジュアルノベルとして秀逸な出来栄えの『シュタインズゲート』。このゲームがプレイヤーに突きつけた題材はあまりに豊富で、それらすべてに言及するのは難しい。そこでこの文章では、主人公“鳳凰院凶真”こと岡部倫太郎がみせてくれた“中二病”にフォーカスを絞って、触れたいと思う。
 
 
 
 (以下、ネタバレ注意。)
 
 『シュタインズゲート』の主人公・岡部倫太郎は、大学生でありながら中二病に憑かれた男だ。自らを“鳳凰院凶真”と名乗り、邪気眼、暴走する右腕、妄想癖といった具合に、絵に描いたような中二病を呈している。そして“未来ガジェット”と称して愚にもつかないガラクタづくりに耽りながら、自惚れの日々を過ごしている。
 
 端的に言って、作品前半における岡部倫太郎の中二病っぷりは滑稽というほかない。上から目線で現実逃避的、そのくせ、いざ肝心な場面では声が裏返って逃げ腰になってしまうチキンでもある。その見事なヘタレキャラっぷりには、ある種、観る者の胸をうつものがある。他人とのコミュニケーション*1に際しても、この中二病が妨げになっているような描写が少なくなかった。そんな彼に友達が少なかったのも、無理のないことだろう。
 
 ところが、そんな彼の中二病が、ときに輝きを放っちゃったりするんだから面白い。
 
 作品後半になってくると、あれだけ岡部倫太郎の足を引っ張っていたかにみえた“鳳凰院凶真”が、困難な状況下に立ち向かう勇気を与えてくれたり、仲間を励ますプロセスに組み込まれたりしはじめる。あの痛々しい中二病的造語が清水の舞台に飛び込む際の触媒に変化していくさまは、観ていて爽快ですらある。そして祖母の死によって停止していたまゆりの時間を再び動かしたのも、やはり“鳳凰院凶真”だった。
 
 この『シュタインズゲート』という作品を彩るキーワードのひとつとして“中二病”は欠くことのできないものだと思うけれども、この作品、中二病の功罪の両面をわかりやすくみせてくれていると思う。
 
 多くの人に指摘されているように、しつこい中二病は確かに様々な問題をもたらしがちだ----個人の選択を内弁慶的に狭めたり、コミュニケーションに弊害をもたらしたりもする。けれども中二病的なエッセンスが、ここ一番で人を勇気付けたり、誰かを励ましたりすることというのも確かにあるんじゃないか。シビアな状況に臨むにあたって、僅かにせよ背中を押してくれる中二病というものも、あるんじゃないのか。
 
 ただの現実逃避にしかならない中二病もあれば、現実にコミットする際に背中を押してくれる中二病もある;図らずも“鳳凰院凶真”は、中二病の持つそういうふたつの側面をみせてくれていると思う。中二病的エッセンスをとにかく抑圧すればそれで良しというわけではないことを、僕は『シュタインズゲート』を通して再確認できたような気がした。 
 

*1:特に、紅莉栖とのコミュニケーション