シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

海辺のディスコミュニケーション地獄絵図

 
 夏といえば海。
 
 今年は冷夏に終わってしまったが、それでも陽射しに恵まれた日のビーチサイドは開放的な雰囲気で、バーベキューの匂いと歓声にみちた、海らしい情緒を堪能できるチャンスは幾度かあったと思う。
 
 しかし、そんな貴重な海日和に、周囲の家族連れやグループとは明らかに雰囲気の異なった、一種独特のオーラを発している集団に遭遇して驚いたことがある。これが忘れ難い印象を残したので、書き残しておこうと思う。
 
 

海を見つめない男達、気の利かない男達

 
 総勢15人ぐらいで、男女比はだいたい2:1。年齢は大学生ほどと思われる。テントやバーベキューを抱えて、これから盛り上がりますよと言いたげな装備でビーチサイドに現れた。海岸線にほど近い良所を確保し、男女揃ってテントの組み立てやバーベキューの用意を始めた。ここまでは、まぁ、どこにでもある風景だったといえる。
 
 問題は、そこからだ。
 妙に会話が少ない。
 盛り上がっていない。
 ワクワク感が伝わってこない。
 
 女性3人と男性の大半は、「そこに石を乗っけて」などの事務的な会話以外、ほとんど喋っていないようにみえる。決まった相手とばかり喋っているなんてレベルじゃなく、そもそも会話できる相手が全然いない人さえ混じっているのかもしれないほどのディスコミュニケーションっぷりである。唯一喋っているのは、気風の良さそうな美人ニ人とその周辺の男性数人、それと、ウケ狙いのコントを一人で延々と演じ続けるピエロのような男性一人ぐらいである。他のメンバーからは、楽しそうな会話の片鱗や、海に着いたという躍動感は伝わってこない。
 
 女性陣が水着に着替えに向かった後に、場はさらに凍りついた。
 
 誰も会話しようとしないし、手を動かす者も、海に興味を示す者もいない。男達は黙りこくって、ただ所在無げに佇んでいる。テントもバーベキューの準備も、もはや誰も続けようとはしないで、或る者は日焼け止めクリームを自分の体に丹念に塗りつけ、また或る者はぼんやりと更衣室の方角を見つめている。2009年という冷夏のなか、ようやく貴重な晴天に恵まれ、目の前には透明度抜群の世界が広がっているにも関わらず、海岸線に好奇心を向ける者は誰もいない。一人コントの彼も、誰もウケてくれないとようやく悟ったのか、ピエロをやめて茣蓙の上に座り込んでいる。ピエロの彼だけでなく、緑色のアロハシャツを羽織った男性も、何某商店と背中にプリントされたTシャツを着た男性も、ただ座ったまま、表情ひとつ変えずに佇んでいるのだ。周りでは家族連れや他のグループが和気藹々と楽しんでいるのに…。
 
 水着やウェットスーツに着替えた女性達が戻ってくると、男達は電池の切れかかった人形のようにノロノロと動き始めた。会話もポツポツと始まったけれども、相変わらず男性同士の会話が少ない。ウェットスーツに着替えた女性二人をハブステーションとして会話の輪をつくる男達と、言葉のキャッチボールをひたすら同性同士でまわし続けるビキニ姿の女性3名の声だけが、聞こえてくる。残った数人の男性は…それらのコミュニケーションを…眺めているッ!!眺めているだけッ!
 
 まだ完成しきっていないテントも、中途半端なバーベキューの準備もそのままに、彼らのなんともいえないコミュニケーションはお昼過ぎまで続いていた。その間、海に入ろうとした者はおろか、浜辺に近づこうとした者すらいなかったし、笑い声が聞こえてくることも殆ど無かったのである。
 
 



 
 あれは、一体何だったんだろう?
 
 どういう人達が、どういう目的で、あのような振る舞いに至ったのかは分からない。しかし僕のアンテナが間違いなく感じとっていたのは、あのディスコミュニケーションの地獄絵図のような状況のなかでも、執着の気配が濃霧のように漂っていた、ということである。
 
 あれこれの執着を抱くこと自体は、とりわけ若い時分、とりわけ夏の海においては素敵なことに違いない。しかし、執着がはちきれんばかりの真夏のビーチサイドで、不発弾のような、葬儀会場のような、湿り気にみちた集いが出来上がってしまうメカニズムは僕の想像を超えているし、彼らがあの状況を楽しんでいるようには到底みえなかった。どこをどうこじらせたら、ああいう風景が出来上がってしまうんだろうか?人間の力学は、わからない。