シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

“濃いオタク”こそコミュニケーションが大切では?

 
オタクがオタクのなかで孤立する時代。 - Something Orange
 
 「濃いオタク」=「友達のいなくなるオタク」?
 
 確かに、ある種のオタクの人は、濃い話題を合わせられる人が少ないとぼやく。例えば、ロシア海軍を専攻分野としているミリオタは、ミリタリー以外のジャンルの話には困難を覚えやすいかもしれない。
 
 しかし、そういうミリオタは本当に友達がいなくなってしまうだろうか?
 逆に、友達がいなくても「濃いオタク」たり得るだろうか?
 
 たとえ、ロシア海軍を専攻しているオタクといえども、もっと詳しくなりたいと思ったらロシア海軍の知識だけに閉じこもるわけにはいかない。兵站学や地政学を学びたくもなるだろうし、日露戦争やクリミア戦争を振り返ってみたくもなるだろう。たぶん、アメリカ海軍や中国海軍のことを知らずに済ませるわけにもいかない。大抵は、ロシア海軍をてっぺんとして、広範囲にわたって興味の裾野を持たざるを得なくなるし、そうなれば、兵站学に詳しいミリオタや、中国海軍に詳しいミリオタとの情報交換も盛んにならざるを得ないだろう*1。誰も手を出したがらないような狭いジャンルでプライドを守るためにオタクをやっているような人間ならともかく、好奇心に導かれるままに知識を収蔵しているような求道系の場合、知れば知るほど、さらに知るためのコミュニケーションが無視できなくなるのではないだろうか。
 
 もちろん、書籍などに頼った孤独なオタク的求道が無いわけではない。けれども情報を持っている人同士でコミュニケーションを行ったほうが効率的な場面は多いし、自分の視野からは見えなかったことを教わることもある。そうでなくても、専攻分野のお隣さん同士の会話は非常にエキサイティングだ。インターネットの普及した今日日のご時世であれば、地方に住んでいたとしても、コミュニケーションの相手を見つけることも難しくはないし、首都圏在住であれば直に出会うハードルもかなり低い。近所のヌルオタが話を聞いてくれないというのなら、アクティブに濃い仲間を捜せば良いだけの話だし、それが可能な時代になってきている筈である。
 
 そんなわけで、たとえ一つの分野を求道的に追いかけているオタクであっても、コミュニケーションや人脈の重要性が下がるわけではないし、有用性がなくなってしまうわけでもない。そういった仲間同士の情報のチャンネルを軽視するのは、かなり勿体ないことではないだろうか。
 
 

濃いオタクこそ、コミュニケーションを無視すべきではない

 
 個人的には、濃いオタクを指向する人ほど、オタク同士の友人関係や人脈を重視して孤立を避けたほうがいいんじゃないかと思う。アニメにせよゲームにせよ、ジャンルの細分化とコンテンツの氾濫が著しい昨今、あらゆる知識を一人で蓄積することは容易ではない。そうでなくても、専攻分野にたっぷりと時間と労力を投入したいわけで、優れた情報や見識を短時間で提供しあえる仲間はありがたくなる。
 
 こう言うと「今じゃ2chやwikiが充実しているから友達は要らない」と反論する人がいるかもしれない。確かに、最新ニュースやテンプレの入手に関しては、インターネットさえあれば孤立していても大丈夫だろう。けれども、他の誰かとのディスカッションや、知識と知識とのすりあわせの作業抜きでは気付かないことは多々ある*2し、各方面に詳しいオタク同士の会話のなかでしか生まれないビジョンというのもあるんじゃないだろうか。必要な情報だけを、短時間に融通しあうにも向いている。三人寄れば文殊の知恵とも言うが、いかにディープ路線を指向しているオタクであっても、コミュニケーションを遠ざけている限りは、その手の貴重な気付きの機会は得られない。
 
 実のところ、孤立するのに向いているのはむしろライトオタクのほうだと思う。2chまとめサイトやwikiでゆっくりと情報をかき集めて、ニコニコ動画で人気動画に共鳴する……それで楽しみが自己完結できている限りは、コミュニケーションを軽視しまくって孤立しても、なんら問題ない。濃いオタクのような求道精神も無いから、誰かと切磋琢磨する必要も、テンプレ以上の情報を交換する必要も無い。尤も、ライトオタクの場合、コミュニケーションを介して承認欲求や自己愛を充たしたくてウズウズしているような寂しがりんぼタイプも多いようなので、コミュニケーションに背を向けては平静を保っていられない人もいるかもしれないが。
 
 

「俺は濃いオタクだから友達がいないんだ」という物言いには、要注意。

 
 だから、「俺に友達がいないのは濃いオタクだからだ」などという物言いをする人物に出会ったら、よくよく気をつけてみてほしい。彼が孤立しているのは、求道の果てのやむを得ない結果だろうか?単にコミュニケーションの基礎的な意志や能力や礼儀を欠いているだけではないのか?あるいは、脆弱なプライドを守る為に閉じこもっているだけではないのか?いずれにせよ、ディープなオタクにも、ディープなオタクに応しいコミュニケーションなり人脈なりが自然発生して然るべきだろうし、そのほうが求道にも効率的な筈で、もしもそれが出来ていないんだとしたら、それ相応の背景がある、と推測しておくのが筋だろう。
 
 いつも言っていることだが、あるオタクが孤立するか否かは、そのオタクの濃淡の程度とは直接関係がない。「濃いオタクだから友達が少ない」と嘆く人は、またそうやって目を逸らして、求道のためのコミュニケーションの機会をも失い続けるのだろう。
 
 
 
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*1:勿論、ロシア海軍に詳しいオタク同士でも

*2:ついでに言うなら、自分の嗜好の偏りに気付くことが出来るのも、他人とのすりあわせ作業抜きには非常に困難である。