シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「風に吹かれて自由に生きる」不自由な人達

 
 「俺は誰にも従わず、風に吹かれて自由に生きるのさ」とうそぶく当人が、自分自身を飼い慣らす術を知らず、自分の意志決定に自分自身を仕えさせることが出来ない、なんて事例を、世間では意外とたくさん見かける。
 
 なるほど、彼/彼女は「風に吹かれて生きている」のかもしれない。だが、自分自身を自分の意志で制御する術を知らないという意味では、舵を失った船も同然だし、ある種の商売人*1にとって、たいへん飼い慣らしやすいお客様でもある。団扇でパタパタ煽られただけで思うがままにコントロールできるような人間は、商売人にとって与しやすい相手といえる。
 
 それに、“すべて風任せ、吹かれるがまま”ということは、危ない処に飛んでいくかもしれないリスクを制御できない、ということでもあるし、時間をかけて一つの方向に進まなければ達成困難な事業や課題に取り組めない、ということをも意味する。風のなすまま、せいぜい同じ場所をグルグル回った挙句、風が自然に作り出す吹き溜まりに吹き溜まって、沈滞するのが定めだろう。それを自由と呼んで良いというのなら、なるほど、彼/彼女は自由と言えるかもしれない----木枯らしに翻弄される枯葉の自由!
 
 結局、そういう人物は「自由な気分を味わいたい執着」を充たすことに夢中なだけで、実際にはちっとも自由ではないし、「自由な気分を味わう執着」のなすがまま、個々に相応しい場所に流されていくだけでしかない。まぁ、自分自身を操縦する意志や、節制をもってリスクを管理する能力に恵まれていないとしても、我が身を振り返って自嘲する術すら欠くほど突き抜けているなら、風に吹かれて面倒な境遇に辿り着いたとしても、心象風景だけは自由気分を満喫していられるかもしれないが。
 
 
 さしあたって、「自由に生きる」と口にしている人に出会ったら、その人が自分自身を飼い慣らす術を持っているのか・自分自身を自分の意志に縛り付ける術を持っているのか、よくよく確かめてみる価値はあるだろう。自分自身を飼い慣らす術を知っている人間なのか、それとも“風に翻弄されるだけの不自由な人間”なのかを見極め、もし、後者だった場合には……。
 
 

*1:例えばライフハッカー達や流行仕掛け人