シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「キャハハ、キモーイ」「キモいよねーキャハハ」

 
 六月の夕方、なんともいえない風景に出くわしたので書き留めておく。
 
 その日の私は、Xという会合に出席するために、遠い街を歩いていた。不況の折にもかかわらず、街を歩く人達の表情もどこか明るく、梅雨の合間の晴天を、誰もが楽しんでいるかのようにみえた。
 
 駅前のスクランブル交差点で信号待ちをしている時に、その歌声は聞こえてきた。
 
 振り返ると、三十歳前後とおぼしき男性が、バスターミナルの近くの路上でギターの弾き語りを始めたところだった。アニメキャラクターがプリントされた青色のTシャツにジーンズという出で立ちの彼は、身体を左右に小さく揺らしながら、ミスターチルドレンの歌いそうな歌詞を、よくとおる声で歌っている。特別な魅力を感じるほどではないにせよ、夕焼けの午後七時に似つかわしい、どこか人懐かしい感覚を呼び起こすような歌声だった。
 
 そのとき、すぐ近くでマックシェイクを飲んでいた女子高生二人組が、彼のほうを指さして、確かに言った。
 
 「キャハハ、あれキモーイ」
 「キモいよねーキャハハ」
 
 軽やかに、無邪気に、三十路のギター弾き語りをキャハハと笑ってみせる女子高生二人組。そういえば女子高生という種族は、冗談抜きで本当に、キャハハと笑う、のだった。
 
 「おっさんじゃね?」
 「わかんないよねキャハハ」
 
 クラスのなかで高嶺の花グループに分類されそうな、端正な彼女達の笑い声には、微塵の屈託も、一滴の湿り気も含まれず、あたかもテレビのお笑い芸人を面白がるように、嗤った。人が人を嘲笑する時、陰性の感情が顔に顕れるのが常だろうと私は思っていたが、夕日に照らされた彼女達は、愛玩動物でも見つけたかのような嬉しげな表情で、キャハハキャハハと笑ってのけている。影の少ない人生を歩んできた人特有の呑気さが、そんな芸当を可能にしているのか?それとも、彼女達の世代に標準装備された笑みなのか?
 
 女子高生と三十路のギター男の距離はおよそ100mほどだったけれども、信号が青に変わった後も、朗らかな歌声が絶えることはなかった。