シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

人形やキャラを売るということ

 
 ついに「俺はミクの付属物じゃねえ!」とぶち切れるボカロPが現れた
 
 
 ほんらいの人形師は、人形の芸を巧みにみせて、人形劇が拍手喝さいされることを尊び、喜ぶものだと思う。
 
 けれども、自身が操る美少女の傀儡ばかりが喝采を浴び、それでいて美少女人形のかわいらしさ以外の部分*1がまともに省みられない状況が続けば、ある種の疎外感に直面するかもしれない。さらには、人形師である自分自身の境遇に疑問を感じたり、美少女人形に黄色い声を飛ばす観客や美少女人形そのものに嫌気がさすこともあるのかもしれない。
 
 そう思うと、人気の出てしまった人形師というのは因果な立場だな、と思う。客が集まらなければ集まらないで大変そうだけど、客が集まったら集まったで、今度は「褒められているのは、人形なのか、人形を操る俺の技量なのか、俺自身なのか」という問いに直面する。一途に自分の技芸の向上だけを願い、ストイックに自分自身の作風を追及するだけの人物ならともかく、ニコニコ動画という衆目環境下、しかも“初音ミクという人形を操る”となれば、そう割り切れる人は少なかろう。
 
 もちろんこういう境遇は“初音ミクの調教師”に限ったものではない。人形使いの人はもとより、着ぐるみを着込んでいる人や、キャラクターというテクスチャに頼って生きている人全般にも当てはまりそうではある。キャラを操り、キャラを売る、ということは、こういう苦悩や疎外感と背中合わせに生きていくことだ。その覚悟も自覚も無いままにガンガンやって、後で気付いて疎外感にのた打ち回るという展開は、大変だろうなぁ。
 
 

*1:技巧、創意工夫、表現など