シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

防衛的ポジティブ思考

 
 http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51439844.html
 
 
 「ネガティブ思考は不利だ」ということがよく言われている。上のリンク先に書いてあるように、ネガティブ思考は行動範囲や出会いの可能性を少なくし、人と人との縁を大切にする気持ちさえ朽ちさせる。だからネガティブ思考は、一見すると、世間で社会適応していくうえで不利なことばかりの、役に立たないもののようにもみえる。
 
 しかし彼らのネガティブ思考とて、ネガティブ思考を採用しなければ心が折れてしまうような、相応の心理的事情があってのやむなき適応の姿なのだろう、と最近は考えるようになった。そういう意味では、ネガティブ思考だからと言って“彼らが生きることに真剣でない”と断定するのは間違っていると言える。彼らは、そうしなければ生きていけないような状況のなかで、極端なネガティブ思考を構築し続けざるを得ないような心理的・主観的立場に立たされているに違いない。本当はもう少しポジティブに生きてみたいという願望があるにしても、それを意識することすら避けなければならない*1ような境遇の人は、確かに存在していると思う。
 
 
 これに対し、ポジティブ思考は行動範囲や出会いの可能性を向上させる、良いもののように語られることが多い。
 
 けれども、変な自己啓発本などを読んで「前向き前向き」ってお題目のように唱えている人達をみると、どこか、背筋の寒くなるようなものを感じる。いびつというか、何かをゆがめながら、ポジティブという言葉を自分自身に言い聞かせたがっているポジティブ思考というのもあるのではないだろうか。例えば、この手の強引なポジティブ思考な人は、どう考えてもポジティブになれっこないような場面でも、汗をかきながら「前向きに捉えていきたいです」なんて言っていることがある…お面みたいな作り笑いを浮かべながら。
 
 こういう、強引で歪んだポジティブ思考を、僕は「防衛的ポジティブ思考」と呼びたくなる。
 
 彼らは、ネガティブな自分自身や、ネガティブな結果から目を背けるために・不幸な結果を忘れる為に、無理矢理にポジティブを繕っているようにみえる。彼らが能面のように貼り付けているポジティブというのは、ネガティブを回避する為の、臭いものに蓋をするための蓋以上のものではないようにみえる。なるほど、「ネガティブな自分自身という、嫌な自分自身」に、ポジティブという名のスマイルマスクを一枚被せるぐらいだったら、自己啓発本の一冊でも読めばできないことはない。だが、それで地に足のついたポジティブ思考と言えるのだろうか?風が吹けばスマイルマスクが剥がれ落ちて、元の木阿弥のネガティブ思考に逆もどりなだけではないのだろうか?
 
 「ああ、この人は安定した、地に足のついたポジティブ思考だな」と感じるような人の場合は、ポジティブとはいっても、そういう無理が無い。杓子定規にスマイルマスクを貼り付けるでもなく、がっかりする時にはがっかりするし、悲惨な状況下ではそれなりにネガティブな思考に染まることもある。総体としてはポジティブで能動的でも、感情や思考はポジティブ〜ネガティブの間を緩やかに揺れ動き、おおむね柔軟に機能している。なにより、「俺はポジティブだ、ポジティブなんだよっ!」と自分自身に言い聞かせる必要性を欠いているという点が、「防衛的ポジティブ思考」な人達との決定的な差だろう。
 
 
 ポジティブ思考が、ネガティブ思考に比べて社会適応や人脈形成上、有利な点が多いのは間違いないだろうし、それを目指したいという気持ちはわかる。
 
 …けれども、自己啓発本などを読んで即席で「ポジティブ思考」をインストールしようとすると、「防衛的ポジティブ思考」にすっ飛んでしまう事がどうやら多いようにみえてならないわけだ。こうなってしまう要因が、単に自己啓発本の出来が悪いのか、それとも「ポジティブ思考」をネガティブな自分を隠蔽する為の防衛機制として使わずにいられない脆弱なメンタリティに由来するのか、そこまでは私には分からない。ただ間違いなく言えるのは、ネガティブ思考な人が強引にポジティブ思考を即席インストールしようとすると、「防衛的ポジティブ思考」に陥って、自分自身のネガティブさを隠蔽するために必死にあくせくするような、本末転倒な事態を招くリスクがある、ということだ。
 
 私からみた「防衛的ポジティブ思考」というのは、むしろ素のネガティブ思考以上に融通がきかないうえに危機管理能力まで低下した、物凄く危ない状態のようにみえてならないので、正直あまりお勧めできない。自己啓発本を読むなと言うつもりはないし、ポジティブ思考への転換トライアルをやめろと言うつもりも無いんだけど、いつの間にか自分自身が「防衛的ポジティブ思考」の境地に到達していて、自分自身に対してポジティブ!を連呼するだけの機械人形に成り下がっていないか、自己チェックしておくことぐらいはお勧めしたい*2。そして、ポジティブを勧める書物や人物と向き合う時には、必ず以下を念頭に置きながら向き合って欲しいと思う。
 
 “こいつ、俺を「防衛的ポジティブ思考」に誘導して、カモろうとしている悪いやつじゃないのか?”
 
 自己啓発本のなかには、こうした事態に対して十分に警戒的な、良心的な本もあれば、正反対に、ポジティブ教団への入信と信者化をゴリ押しするだけの悲惨な本もある。安易で即席なソリューションで、大きな変化が速やかに得られるような文面の本などは、たいていの場合、要注意といえる*3。ポジティブへの速やかな変化を望むあまり、自分自身に対して「ポジティブな私って素敵!」を説得し続けるだけの哀れな状態に陥らぬよう、どうかご注意を。
 
 
 

*1:=防衛しなければならない

*2:それが無理なら、信頼できる誰かにチェックを時々お願いすることをお勧めしたい

*3:反対に、あくまで慎重で、時間をかけた、地に足のついたものがお勧めだが、えてしてこうした慎重な物言いは、せっかちに結果を求める人達から無視されやすく、このためマーケティングの世界には乗ってきにくいかもしれない。