シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

夫婦関係や男女関係をこじらせない鍵について

 
 
とある夫婦の離婚序章
男女平等を家庭に持ちこむのはやめにしないか - 狐の王国
性差による分業→家庭内の効率分業の次は、家庭外へのアウトソースかなとか - よそ行きの妄想
 
 

 夫婦の役割分担の話が“はてな界隈”で盛り上がっていたらしい。
 で、盛り上がっている方向は、どちらかといえば、社会を論じる方向になっているようにみえる。“はてな”らしい展開だ。
 
 さて、家庭と家事の話になると、僕は「社会かくあるべし」よりも、「我が家がうまくやっていくにはどうすれば良いのか」のほうに想像力が向きがちだ。他人の家なんて二の次。まずは自分自身の夫婦内適応を盤石をしたい、と僕などは思う。
 
 我が家は現在、料理の多くは僕が担当し、掃除や洗濯は嫁さんが担当するような形をとっている。僕も嫁さんも、これで殆ど不満は無いけれど、今後、どちらかの忙しさが増してくれば、比率が変わってくるだろう。幸い、お互いが今どういう状態なのかを絶え間ない会話で確認しているため、忙しさや余裕の無さに気づかないまま、ということはあまりあり得ない。忙しい時も、今ならメールやMSNメッセンジャーのような手段もある。
 
  

相手のニーズや状態を知らないままの「頑張り」は報われない

 
 リンク先の“はてな匿名ダイアリー”の記事などが典型的だが、相手が今どんな事で困っているのか・相手が今どんな状態なのかを知らないままの「頑張り」は、たいてい、報われない。
 
 ロールプレイングゲーム風に考えてみれば、わかりやすい。
 「仲間が麻痺の状態」なのに、そのことを知ろうともせず、一生懸命「毒を治す」「HPを回復させる」を繰り返しているプレイヤーは馬鹿だと思うだろう。それと同じで、例えば「嫁さんが寂しがっている」のが主要な問題だのに、そのことを知ろうともせず、嫁さんのいないところで平日用の保存食をシコシコつくっているようでは誰も幸せになれっこない。「嫁さんが寂しがっている」というなら、一緒に出掛けるとか、飯をつくって一緒にテレビをみながら食べるとか、そっちのほうがお互いに幸せになれるってもんだ。
 
 夫婦だろうが恋人だろうが、一般に、相手が望んでいること・相手が困っていることは、常に変化する。「忙しすぎて手が空かない」がメインの時もあれば、「家事+仕事のトータル量の差が開きすぎている」ことへの不満が先立つ場合もある。ときには「寂しい」「疎外感がある」といったエモーショナルな不満が中心になる事もあるだろう。常に変化するこうしたニーズを読み取ることなく、「俺は嫁さんの為を思って頑張るんだ」と思って一律の「頑張り」を提供し続けることは、「相手のステータスに関係なく、キアリク*1だけを唱え続ける人」と同じぐらい、筋が悪い。そんな事をされたら、もともとは献身的だったパートナーといえど、愛想をつかして逃げていってしまうだろう。
 
 「私はキアリクなんか要らないの!ちゃんと私をみて、ホイミやキアリーを使ってよ!」
 
 
 この喩えからも分かるように、相手の望んでいること・困っていることを逐一把握するように努めなければ、夫婦だの恋人だのというものは上手くいく筈が無いわけだ。人間同士の関係のなかでは、ドラクエやファイナルファンタジーと違って、相手の不満や困った状態というのは相応のコミュニケーションを通してでなければ把握出来ない。ディスプレイをみれば一目瞭然、というわけにはいかないわけだ。リンク先の記事の人物は、不幸なことに、夫婦間でコミュニケートする為の時間と、巧みにコミュニケートする器用さの両方を欠いていたようにみえる。どちらか一方だけでも充実していれば、ちがった転帰を迎えられたかもしれない。*2
 
 

「役割分担の公正さ」よりも「役割分担の納得」の会話のほうがマシ

 
 逆に言えば、それなりのコミュニケーションを通して、夫婦間(や恋人間)で意思疎通ができているうちは、多少、役割分担の公正さを欠いていても、なんとかなるものだ。役割の公正さよりも、お互いに納得のいく、説得力のある、役割分担のほうがたぶん重要
 
 パートナーがインフルエンザになった時に、「公正な役割」を求める人は、多分いないだろうし、夫が残業の多い状況になれば妻が家事を多く分担する、といったフレキシビリティはあって然るべきだろう*3。厳密に言うなら、実際には夫婦の役割がぴったり公正なんて事はあり得ないし、拘ってもくたびれるだけだ。それよりも大事なのは、「お互いの役割分担が、納得できるかどうか」だろう。
 
 この、「役割分担の納得」を達成するには、それなりに時間をかけて…というよりも、随時コミュニケートしていなければ、多分、無理なんじゃないかと思う。お互いに「公正さ」を立証しあう不毛を避け、それよりも、まあ仕方ないよねと思いながら役割分担できるような、そういうコミュニケーションの文脈をつくりあげていくほうが、はるかに生産的なように思えるが如何だろうか。
 
 

「相手が喜ぶ」のを確認できる努力を

 そして、洗濯をするのであれ、料理をするのであれ、「相手が喜ぶ」のをきちんと確認できるような努力をしたほうが、たぶん、上手くいくんじゃないかと思って僕は生活している。
 
 「相手を喜ぶ」のを確認するなんて、エゴイズムじゃないか、という人もいるかもしれない。
 
 けれど、仮にそうだとしても、「相手が喜ぶ」のをきちんと確認しなければ、相手が望んでいないことを頑張り過ぎてしまうリスクが高くなるし、「相手が喜ぶ姿」みていたほうが自分自身のモチベーションも維持しやすい。自分自身のモチベーションや「相手の喜ぶ姿をみて自分自身も嬉しくなる」ということは、嫁さんのモチベーションや「嫁さんが喜ぶ」と同じぐらいに重要だ。だから、「相手が喜ぶ」のを確認して、相手もハッピー、俺もハッピー、な状況を指向するほうが、そうでないよりはずっと良いと思う。
 

「相手にしてもらったこと」を喜び、感謝を

 
 ここまで書いたどれよりも大事なのは、やっぱり“感謝”だと思う。
 この“感謝”抜きでは、ここまで書いてきたことも空中楼閣に終わってしまいそうだ。
 
 公正だの納得だのガタガタ言う前に、嫁さんが掃除してくれたフローリングの美しさに気づいて、一言「綺麗になってるね。掃除してくれたの?」って労えるかどうか。夕食に出てきたトマトの煮込みの味が「いつもとちょっと違うね」と気づいて、会話をそこから膨らませることが出来るか。あるいは、毎朝袖を通すワイシャツの清潔さに、日頃の感謝を感じていられるのか*4
 
 たとえパートナーの家事を十分に負担できなくても、そのパートナーの努力や腐心に気づき、そこをねぎらい、感謝し、そこら辺をちゃんと話題に出来ているのか/それとも全くスルーしてしまうのかでは、パートナーの心境は全く異なったものになってくる。
 
 人は、報われない、感謝されない、気づかれない努力には磨り減ってしまいやすいが、自分の努力が役に立っている様子が分かり、感謝され、努力しているということに気づいて貰える努力には、磨り減ってしまいにくい。さらに加えて、「もし私が磨り減ってきたら、パートナーが気づいて何とかしてくれる」という安心感を提供されている時には、ますます磨り減らない。だから、お互いがお互いの努力の状態を逐一把握し、相手のコンディションや不満にも鋭敏で、互いに“ありがたい”という感謝の念をもって日々を過ごしているパートナーシップは、安定性の高く、相互満足度も高いパートナーシップになりやすい、と僕は考えているし、幸い、うちの嫁さんもそう考えてくれている。
 
 
 ただ、こうやって書いた諸々を実行するには、
 
 ・ある程度の時間と余裕
 ・ある程度のコミュニケーションの遂行機能
 ・ある程度の甲斐性
 ・ひがみ根性やルサンチマンの少ない精神
 
 が必要で、リンク先の“はてな匿名ダイアリー”の記事のように、時間と余裕が無くなってくれば、この図式は成立しにくくなる筈だ(尤も、残業の時でも職場からメールを打つぐらいの甲斐性があれば、また違ったかもしれないが)。また、パートナーが搾取的ではなく、相性が良く、まずまずのコミュニケーション能力を持っていることが必要のようにも思える。
 
 

結局、夫婦関係をこじらせない鍵になるのは

 
 陳腐な結論になるが、結局のところ、この問題もコミュニケーション次第という部分が大きいように思えるのだ。
 
 常に良質のコミュニケーションを交わしてお互いの状況を把握しあい、相手を喜ばせたいという思いと、相手への感謝の念が混じり合っている限りは、そう簡単に夫婦関係は転覆しない。逆に、転覆した夫婦関係や、地獄絵図に陥った恋人関係をみていると、必ずこの辺りのどれかが欠けている----疎なコミュニケーションだったり、相手を喜ばせたいという気持ちが欠落していたり、相手にやって貰っている事を感謝せずに“やって貰って当然”という顔をしていたりする----。
 
 すべての人間関係にも言えることだが、何も意識しなくても円満に成立し続ける夫婦関係というのは多分存在しない。良質なコミュニケーション・喜ばせたいという気持ち・感謝の気持ちを持ちよってはじめて、夫婦関係のなかに円満な均衡が保たれるものだと僕は理解しているし、そういう理解にたった行動を心がけていきたいと願っている。それに、そういう気持ちも無しに夫婦なんてやってたら、息苦しくって、どうにかなっちゃいそうだし。
 
 随分長い文章を書いてしまった。
 まだ書き足りないような気もするけど、嫁さんが出掛けたがっているようなので、出掛ける準備をします。
 
 

*1:麻痺を治す『ドラゴンクエスト』の呪文

*2:よく、「遠距離恋愛は破綻しやすい」とか「夫婦で過ごす時間が少ないと冷めやすい」とか色々言われるわけだが、相手の望みや不満を把握する為の時間が決定的に欠けていれば、補いあって満足できるような人間関係が維持できるわけが無いのだ。

*3:実際には話はもっとややこしく、お互いのストレス蓄積度や、寂しさの蓄積度、日頃の行い、金銭の無駄遣い度、などなど次第で、「お互いに納得できる平衡ライン」はいつも移ろっているが。

*4:尤も、トマトの煮込みの味に気づくには、相応の経験が必要だろうし、清潔なワイシャツの有り難さに気づくには、自分でそれをやってみなければならない。一人暮らしの人は、こうしたことに気づきやすいかもしれないが、親元にずっと住んでいると、気づかないことがあるので注意!