シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

(主として)女性オタクの大学・就職デビュー問題今昔

 
 
 女性オタク(特に同人系の女性オタク)が大学デビュー・就職デビューをきっかけにオタク趣味から身を引くという傾向は、今まではかなり当てはまっていたと思う。私の知っている限りにおいては、高校デビュー→大学デビュー→社会人デビューという過程のなかで、彼女達の大半は、自分の同人活動を衆目から隠すか、いっそ同人活動から足を洗う。そして漫画やアニメは見続けるものの、同人的なコンテンツからは距離を置いた身振りを身につけていく。
 
 中島梓は『コミュニケーション不全症候群(1991)』のなかで、同人女性達がそのように振舞わざるを得ない社会背景について指摘している。その内容を大雑把に書くと、「評価される側・みられる側としての」社会的圧力に女性が曝されているという構図から、女性オタクとて逃れられない。だから彼女達も、等身大の自分を認めて貰おうとするよりは、「みられる側としての」女性として社会適応せざるを得ないとなるだろうか*1。 
 

21世紀の女性オタクは、足を洗う必要が無いのか?やっぱり洗うしかないのか?

 
 しかし、オタク趣味が「隠しておかないとヤバいもの」ではなくなり、みられる側としての女性にとって負のレッテルにならずに済むなら問題は軽減する筈。負のレッテルさえ引き寄せなければ、なにも大好きなコミックスやDVDを隠したり捨てたりする必要は無いのだ。そういう観点でみると、中島梓が語った1991年と、オタク趣味が大衆化した2008年とでは、オタクバレが負のレッテルになってしまう程度に結構な差があるような気がする。例えば東方やニコニコ動画ぐらいであれば、コソコソと趣味を隠したり、黒歴史として闇に葬ったりする必要は少ないのではないか。
 
 とはいえ、女性オタク達がオタク趣味を表立って続けていくことには、まだまだ困難な部分もあるだろう。
 
 まず第一に、やおい同人系やボーイズラブ系が、世間的にどこまで許容・受容された趣味なのか、という問題だ。オタクコンテンツが一律にコンセンサスを獲得しているかというと、そうでないのが現実なわけで、メイド服だの執事喫茶だのといった穏当な部分のマイナスイメージは薄まっても、同性同士の“絡み”のあるコンテンツや、アダルト美少女コンテンツには、世間の見る目は必ずしも暖かくは無い。ロリ・ショタといった分野についても同様だろう。加えて[女性オタク=やおい・BL]というステロタイプを持った人も決して少なくない昨今、やおい・BLには関わっていないけれどもコードギアスやガンダム00をみているぐらいの女性の人も、“無用の誤解を招かないように”と変な気苦労を背負い込みやすいかもしれない。
 
 それと、今までオタク趣味に注力してきた女性が、うって変わって大学デビュー・就職デビューを始めるのは大変じゃないか、というのもある。服飾・コスメティック・オタク仲間以外とのコミュニケーション等々は、それなりに金銭と時間を要するものだし、付き合いが増えれば、その分だけ必要なエネルギーも増える。同人誌制作やアニメ鑑賞、オタクコミュニティとの交流に充てられていたエネルギーが、他の人間関係や他の文化活動などに割り当てられれば、今までのようにオタクを続けるのはしんどくなる。オタク趣味も変わりなく、大学や就職先の交流もパワー全開で…とやって、体力と気力の続く人は、実際にはかなり限られる*2。であれば、オタク趣味から撤退せざるを得ない、という女性が多く出てきても不思議ではないだろう。それに、アニメや同人以外にも、楽しいことは幾らでもあるんだし。
 
 
 残念なことに、ここ数年で私の周りの同人女性オタが相次いで引退してしまったので、2008年にこういった認識がどこまで的を射ているのか、ちょっと自信が無い。とはいえ、[女性が周囲からの評価という目線に束縛されがち][大学デビュや就職デビューを堅持しながらオタクを続けるには相当なバイタリティが求められる]という構図自体は、そんなに変化してないようにみえる。そして女性オタクに限ったことではないが、大学デビュー・就職デビューを目指した人は、限られた時間と体力のなかでバランス取りに今でも苦労しているようにみえる。このバランス取りに失敗すれば過剰適応という落とし穴もあるわけで、まだまだ大変なのが現状のようだ。
 
 
 ※現役女性オタの人や、ちょっと前に大学・就職デビューした人の経験談を読んでみたいところです。
 
 

*1:ちなみに中島は、当時の男性オタクはその限りではなく、「評価される側」という社会的圧力から退却することが可能だったと付け加えている。

*2:ちなみに、脱-オタクファッションを心がけて大学デビューや就職デビューを考えている男性オタクにおいても、殆ど同じことが言える。だからこそ、脱-オタクファッションをし、様々なコミュニケーションを志向する男性オタクにとって、ここに書いてあることは他人事ではない