シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

“シェリルのパンティ騒動”とマクロスFの目眩

 

マクロスF (フロンティア) 1 [DVD]

マクロスF (フロンティア) 1 [DVD]

 
 自分はアニオタ専攻ではないので、マクロスFは少し周回遅れの形でみている。それにしても、興味深く勉強になるアニメだ。マクロスという、昭和を懐古したくなるような古いワイン樽に、21世紀の新しいアニメ技術・アニメ作法という葡萄酒を注いでみたら、マクロスFという新旧ごちゃ混ぜの風変わりな逸品が出来上がった。そんな風に思いながら、みている。 
 
 なかでも抜群にクラクラしまくったのは、第八話における“シェリルの下着騒動”だ。これは、シャワーの後に一人歩きした*1シェリルの下着を巡って----それもヒラヒラとひらめく下着を巡って----学園の生徒一同が七転八倒する騒動だ。この、騒動をみているうちに僕は、1980年代のアニメや漫画にはあったような、中年オタクであれば即座に回想できるような、パンティ礼賛的な何かを思い起こさずにいられなかったわけだ。
 
 本来、オタ媚び萌えアニメはびこる21世紀の後半にもなって、いまさら美少女キャラクターの下着の一つや二つでガタガタ言うモンでもないだろう。確かにその通り。実際、「ぱんつが見えるのが拙いなら、ノーパンにすればいいじゃない」ぐらいには、オタは美少女キャラの下着に対して屈託の無い態度をとっている。ライトノベルなどでも、「下着丸見え」「パンツ丸見え」に対して美少女キャラクターが憤慨するという場面は結構みかけるけれども、下着そのものを巡って大騒動という展開はあまり記憶に無い。エロゲーにおいても、下着はもちろん無視できないアイテムだが、「下着でひとつで大騒ぎ」という雰囲気ではない。
 
 ところが、この第八話の“シェリルのパンティ”騒動は違う。ひらひらと舞うシェリルの下着を巡って、男子生徒達が色めき立って、そしてノーパンのシェリルが学園じゅうを飛び回って穴だらけにしてしまう話が数分間に渡って展開されている。そして最後に、ヒラヒラと空を舞う下着をシェリルが手に掴み、落ちていくシェリルを早乙女アルトが抱き留めるという(おきまりではあるけれども)ドラマチックな展開で、“シェリルのパンティ騒動”は幕を閉じる。
 
 おお、これこそ、いにしえのアニメや漫画に出てきた、パンティだ。下着でもなく、パンツでもぱんつでもなく、あのパンティがご光臨なさったぞ。僕は、そう思わずにいられなかったわけだ。
 
 『ドラゴンボール』のウーロンが神龍に「ギャルのパンティおくれ!」と叫んだのが1980年代。1980年代の漫画やアニメには、女性の下着というものに強い屈託や拘りのある描写がしばしばみられて、作品内の無視出来ないモチーフとしてクローズアップされることも多かったと思う*2。当時、下着が見える・下着がなくなるというのは、大変な非常事態の、大騒ぎに値するもので、可憐でヒラヒラしたパンティはセクシャルなイメージを仮託するに十分な品物だった。だが今では、下着一つで大騒ぎというのもすっかり珍しくなってしまった。スカートがめくれた女の子は今でもそれなりに憤慨したり恥じらったりはするけれども、すっ裸になることも珍しくなくなり、もっとどぎついエロコンテンツやエロ演出が掃いて捨てるほどまき散らされる21世紀においては、ヒロインの下着一つぐらいで騒ぐほどではない、というコンセンサスが、コンテンツの制作者と消費者に共有されている雰囲気さえあるようにみえる。
 
 にも関わらず、シェリルは下着を追いかけて空を飛んだ。学園をボコボコの穴だらけにした。そして男子生徒達はというと、目の色を変えてシェリルの下着を追いかけ回したわけである。これは、21世紀のノリじゃない。どう考えても、80年代後半的な“パンティ騒動”としか言いようがない*3。蝶のように宙を舞う演出と、大袈裟なドタバタ劇を通して、マクロスFは“いにしえのパンティ”を復活させた。シェリルの下着は、古き良きオタクコンテンツに登場した特別なアイテムとしての“パンティ”であって、最近のライトノベルやエロゲーの女の子の“ぱんつ”や“パンツ”が持ち得ない、拘りと屈託といやらしさを含んでいる。少なくとも、演出にはそのような含意がある、と僕は勝手に思いこむことにした。
 
 

マクロスFの目眩

 
 それにしても、この“シェリルのパンティ”騒動に限らず、マクロスFというのは、新旧のテイストの入り交じった、非常に複雑な味わいの作品で、興味深い。昔の僕は、実はマクロスという作品が割と苦手で、小さい頃に初めて視た時の感想は「なんでクラシックとか小説とか紹介しないの?小娘アイドルの歌でデカルチャーって、どういうこと?」で、専ら僕はガンダムっ子として育った。その後、「俺の歌をきけぇー!!」を経て、いったんはマクロスアレルギーになった時期もあった。
 
 しかし、今マクロスFをみてみると、新しい演出や21世紀風のギミック*4と、古いテイストが入り交じって、良い意味で目眩を覚える。ランカがアイドルソングを歌ってデカルチャーだったり、シェリルが歌う際に「文化」「文化」と騒いでみせるような、およそ21世紀の新規作品ではあり得ないテイストそのままに、21世紀風のメカニック演出や大統領周りのストーリー運び・ランカのトラウマ語りといった風に、さまざまな時代のエッセンスがごたまぜになっていて、このアニメを時系列のどの辺りに持ってくればあぐらをかいて視聴できるのか、という手抜きを許してくれない。結果として、アニメ鑑賞者としては甚だ怠惰な僕のような人間でも、妙に頑張って作品を楽しむことになっている。もちろん、作品を貫くアイデンティティとしてのマクロスらしさはしっかり伝わってくるのでついていけなくなることは無いのだけれど。
 
 マクロスFは、たぶん自分好みの作品ではないし、これが21世紀のアニメシーンの最先端なのかは分からないけれども、非常にいいものをみせてもらったのは確かだ。21世紀の作品で、まさか“パンティ”が出てくるなんてなぁ。こういう新旧入り交じったテイストの目眩を味わうのも、ベテランのアニオタ諸兄的には大したことが無いのかもしれないが、個人的には非常に新鮮だったので、書き残しておくことにする。
 
 

[参考]:パンティとは - はてなキーワード
 

*1:注:実際は、愛君が下着を被って動いていた

*2:ただ、このようなクローズアップは、その作品内における女性の性的描写を下着などの一点に集中させる代わりに、他の性的描写を迂回する為に導入されていた、という別の側面も念頭に置かなければならないのかもしれないが

*3:これとは対照的な事例としては、コードギアスR2の会長引退時の恋人ゲームが挙げられる。あの時は帽子を追いかけあう展開だった。このほか、コードギアスの学園編では色々なモノが追いかけられていたと思うが、女性の下着を争奪するような場面は無かったように記憶している。個人的には、C2やシャーリーの下着を追いかけるルルーシュ達という構図は非常にそそるものがあるが、そんな構図をあの作品が許してくれるとは思えない。シェリルのパンティ騒動は、マクロスだから出来たことであり、コードギアス本編でやったらひどい不協和音を呈すると推測される。

*4:例えばクランの幼女モードなんかは、いかにも21世紀風といえる。