シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

だけどアニソンに帰ってきたわけだ、僕は。

 
 
 だけどアニソンに帰ってきたわけだ、僕は。
 自宅のiTunesのプレイ回数をみて、そう思った。
 
 
 僕は、いわゆる“脱オタ”をしたオタクだ*1。アニメやゲームを中断してでもいいから外の世界の事が知りたい。そう思ったかつての僕は、オタク界隈を一度飛び出したことがある。オタク文化の外側にいる人達に会いたい。いろんな人とコミュニケーションしたい。そしてオタク以外の文化圏や価値観にもっと触れたい。そんな思いが、二十代前半の僕を井戸の外へと連れ出した。
 
 やって良かったと思う。屈辱回廊を十周ぐらいした事もあれば、歯ぎしりする事もあったけれど、色々な人に出会い、色々な文化や習慣に出会った。オタク文化やオタク仲間もいいけれど、外の世界にだって魅力はあるしいい奴もたくさんいる。摩擦や心労に見合った成果を、僕は獲得できたと思う。
 
 例えば僕は、“疲れる音楽の聴き方”があるということを、外の世界で初めて知った。I'veの純粋培養ボーカルサウンドなんかには無い、微妙な表現をいちいち追いかけ回す聴き方があること・自分とは違ったメッセージや感性を追いかけて、時に驚いたり、時に苛立ったりすることを、僕は初めて知った。音楽には、楽しいこともあるし、恐いこともある。驚きもある。そして、いつも摩擦がある。そんな事、オタク界隈にいた頃、誰も教えてくれなかった。
 
 同じことが、絵画にも小説にも起こった。人間付き合いにも、起こった。ああ、こんなに世界は摩擦に満ちていたんだ。「自分と違う他人のザラつき」を二十代半ばにようやく発見した僕は、くたびれるのも懼れずに、色々な所を回っては摩擦を確かめた。そして、自分とは違った何かを見つけては、いちいち喜んだものである。
 
 だけどアニソンに帰ってきたわけだ、僕は。
 
 いつの間にか、僕のiTunesのなかにはアニソンやらゲームBGMやらが入り込んでいて、沢山再生されていた。いろんな世界を一回りして、色々触れてみたけれど、結局はもとの場所に帰ってきたらしい。自分と違った違和感や摩擦を味わうには、アニソンやゲームBGMはあんまり向いていないけど、僕が一番リラックス出来る曲、僕に一番エネルギーをわけてくれる曲、というのは、やっぱりアニソンやゲームBGMしかないらしい。なんというか、元気が出てきてしまうのだ。逆に、アニソンの外の音楽に触れると、僕はたちまち萎れてしまう。(幾つかの演奏者の)バッハやラヴェルは今でも好きだけど、ずっと聴き続けることは出来ない。絵画も、美術館に長居するとへとへとになってしまう。でも、ゲームとアニメなら大丈夫。半日やっててもどうということはない。
 
 
 だからアニソンに帰ってきたわけだ、僕は。
 
 摩擦も違和感も感じずに済む、つるつるのオタクサウンズが、僕のiTunesとiPodを満たしていく。
 
 

*1:例えば脱オタwebsiteを八年間もやっているぐらいに。→http://www.nextftp.com/140014daiquiri/html_side/