シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

知っている事と、「分かっちゃいるけどやめられない」

 
 世の中には、知ることは容易でも実践することや運用することの難しい知識というものが、少なくない。そして、知ることは容易でも、実践や運用が極めて難しい知識に限って、単に知っているだけではそれほど大きなメリットに与れないものが多かったりもする。
 
 例えば「過度の肥満はメタボリック症候群のリスクファクターである」「アルコールの摂りすぎは肝硬変になりやすい」という知識を知る事は、かなり容易と言える。現代人にとっては、殆どコモンセンスとも言える知識だ。しかし、知ってはいても、それらの知識を知ったうえで実践出来る人・運用出来る人というのは常に限られている。空腹時血糖が300を上回ろうがHbA1Cが7.8になろうが、吉野屋で特盛りを頼む人はやはり頼むし、「呑まなきゃやってられない」人は手が震えてもアルコールがやめられない。
 
 では、こういった人は“頭が悪いから知識を運用出来ない”のか?というとそうとも限らない。学問や仕事の分野では才気煥発の人が、健康管理や男女関係といった特定の領域においては全く駄目ということも少なくない。食べ過ぎ太りすぎは良くないと知識としては知っていても、ちっともダイエット出来ない人や、ドンファン的振る舞いでは幸福になりづらいと分かっていてもドンファンな振る舞いをやめられない人というのは、結構見かける。彼らの優秀な頭脳をもってすれば、“頭では分かっている”筈だ。しかし、実践や運用には至らずにダラダラ進んでしまい、時にはそれに足下を掬われて、せっかくの頭脳を破滅させる人もある。
 
 何故、知識として知ってはいても、実践や運用はできないのか?把握が実践に追いつかないのか?このwhyの答えは事例ごとにまちまちで、唯一解など存在するわけが無い。だが、かなり確からしいのは、強い執着や欲望が渦巻く領域や、防衛機制が強く機能しなければならない領域においては、人間は知識を幾ら知っていても、それを実践にうつす事が非常に困難になる、ということだ。強い執着・欲望・防衛は、知識の把握と実践の距離を大きくする。食欲にせよ、性欲にせよ、自意識にせよ、執着が強い状況下においてこそ「分かっちゃいるけどやめられない」は起こりやすい。そして、せっかく知っている知識を運用しきれない事態にもなりやすい。
 
 執着や欲望や防衛の絡んだ領域では、ただ知っているだけでは「分かっちゃいるけどやめられない」という結果に終わってしまいやすい。知っているだけではなく、知っていることを実践・運用出来ない限りは実りを結ばない知識。いや、こういうのは知識とは言わずに知恵と呼ぶのかもしれないし、知識として知っているだけでは知恵にはほど遠いということなのかもしれない。どちらにしても、knowledgeとして頭に詰め込むだけではどうにもならないことというのは確かにある筈で、今日も私達は、執着や欲望や防衛機制に振り回されるままに、愚行や苦悩の泥沼を彷徨っているわけだ。