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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ゲームのリプレイを見るという娯楽は、ゲームという娯楽そのものとはかなり違っている。

オタク趣味

 
 ニコニコ動画やYouTubeを通して、ゲームリプレイを気軽にみることが出来る時代になった。Civilization4や信長のようなゲームから、改造スーパーマリオのプレイレポートまで、様々なゲームを自分でコントローラを握ることなく眺めることが出来る。気楽といえば気楽なことで、自分で神経を使わなくても、判断をしなくても、ゲームは勝手に進行していく。存外、つまらないと感じることは無い。アルコールを呑みながらでも楽しむことが出来る。
 
 ただ、日常的にゲームを遊ぶ身としては、やっぱりこうやって離れた位置から眺めて喜んでいるだけというのは、娯楽を楽しんでいるとは言えてもゲームを楽しんでいるとは言えないな、とは感じる。やっぱりコントローラ握って*1、己の判断力なり経験蓄積なり動体視力なりを試すのがゲームなのであって、ただ観察に徹しているだけのゲーム視聴には、ゲームを手ずから遊んだという感覚が伴っていない。あの、「自分自身をゲームに投げかけて、自分自身がゲームの世界に関わって結果を試す」「ゲーム製作者や対戦相手と己との間でやりとりを行う」という、傍観を許されない、真剣さを掛金にせずにいられないスリリングさが欠落している。どれほどのスーパープレイを見ている時でも、自分で操作している時のあのスリルは伴うことが無い。。「俺が操作するんだ」「俺が指揮するんだ」「俺が考えて決めるんだ」といった、何某かの能動態を含まない、傍観者席に座ったままの観戦である限り、いかに楽しい娯楽ではあっても、それはゲームそのものとは異質な何かといわざるを得ない。そして、ニコニコ動画でゲームリプレイを眺めるという行動自体は、ゲームをみてはいるけれども、ゲームプレイとは程遠い何かなのだろう*2

 
 

ゲームによって多少の違いはあるにしても。

 
 ゲームによって、自分自身をゲームに投げかける度合いも様々だし、投げかけ方も全然違っている場合は勿論ある。信長の野望やCivilizationのようなシミュレーションゲームの次元*3、スーパーマリオやシューティングゲームなどの次元、そして2D格闘ゲームの対人戦の次元では、色々と違うところはある。それだけでなく、ゲームをやっているのが独りきりの部屋のなかなのか/それとも周りで人がみている・ネット上で誰かにみせているという前提でのプレイなのかでも違ってくる。ただ、いずれの場合であっても、観客席に座ったまま与えられた娯楽を眺めているだけというのは、やはりプレイヤーとは言えない。受動態だけでは、それはゲームじゃない。
  
 ゲーマー・ゲーオタの類がゲームを楽しむというなら、やはり自分自身を投げかけてナンボだと思わないか。「俺がやるんだ」という能動性が多かれ少なかれ含まれているのがゲームであり、それが含まれている限りにおいては、ビジュアルノベルもまたゲームと呼ぶことが出来る。もちろん「皆がゲームをゲーム然として楽しむべきだ」と強要する必要は無いし、ゲームリプレイをみるというのはそれはそれで楽しい娯楽ではある。ただ、それはゲームプレイとは遥か遠くの、観客席からの娯楽であることはどうしても忘れられない。そして自分のようなゲーオタの場合は、観客席でみているうちに、自分もフィールドに降りて戦ってみたい気持ち*4をしばしば感じてしまうのだ。
 
 
 [関連]:2008-02-03 - matakimika@d.hatena
 
 

ちょっと追記

 ブクマコメントとかをみていても思ったんだけど、この「ゲームを見る娯楽」と「ゲームプレイヤーとしてやってみる楽しみ」の違いやギャップって、ゲーム観覧という楽しみ方が普及すればするほど表沙汰になるような気がする。ニコニコ動画とかで、凄く楽しそうなプレイや美しいプレイをみてゲームを買ってみたはいいけど、実際に時間を割いて、コントローラ握る手にまめ作る程やり込んで...までにはなかなか至らないような。ちょうど、「スラムダンク読んでバスケットシューズ買っちゃってそのまま押入れ行き」とか、「羽生名人の活躍をみて将棋の駒を買ってみたけどそのまんま」と同様の現象が、ゲームの世界でもこれからは起こりやすくなってきそうだな、と。ゲームの凄いリプレイみて買ってみたけど、インストールするかしないかのうちに投げちゃうなんていう行動は、これからは今まで以上に増えてくるのかもしれない(ビジネスとしてそこに着眼可能な余地も、広がってくるかもしれない)。
 
 

*1:もっと前の時代であれば、ボードゲームのようなものも含まれるだろう

*2:勿論、リプレイを見ながら結果を予測しあう、というのはゲーム的ではある。その場合のリプレイはゲーム盤のような役目を果たしていて、予測しあう人達は対戦ゲームのプレイヤーということになる。

*3:ただ、シミュレーションゲームと言っても、ターン制かリアルタイム制かによってまた随分異なるし、駒に命令を出せる範囲によってもまた随分違っては来る

*4:または、自分がそのゲームを持っていなかったりしてやってみることが出来ない残念さ