シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ブログは木を書くのにむいていない。枝や花などの断片を集めるには向いている。

 
 
 このブログも既に二歳を超えるに至った。色々なことを書き残すのに役立てたり、誰かとお喋りをする為の文章を書き送ったり(トラックバック)するのに大活躍だ。ちょっとした文章を書き溜めたり誰かに送ったりするには便利なツールだと思う。
 
 でも、ブログは日単位・エントリ単位でどうしても区切られてしまう。しかもログがどんどん前のページに送られてしまうので、もしもブログを使って全40回の連載をやるとなれば、もう他の種類の書き込みを一切しないという前提で連載するように、あくまでそれに特化しなければ多分難しく、日々異なるタイプの書き置きを繰り返す一般的なブログのスタイルでは、そのような大きなまとまりをでやるのはかなり難しい。勿論他の書き込みをいったんストップすればそれは出来なくも無いが、他の書き込みをストップしなくても可能なwikiやウェブサイトに比べれば面倒さが目立つ。
 
 「木を書こう」とか「何回かに分けてちょっと広範囲を書いてみよう」と思った時、ブログというのは案外不便なツールだなと思う。枝や花などの断片を素描して残しておくにはちょうどいい塩梅なんだけど、B5用紙一枚に収まらないような、もうちょっと広い範囲をまとめ書きしようと思ったら、wikiやウェブサイトのほうを使うというものなんだろうな、と思う。「枝と花の断片を何枚も書けば木になるんじゃないか」という人もいるかもしれないが、どうもそうはいかないらしい。エントリ単位で一応の独立を果たした格好にするせいなのか、エントリという断片を列挙しただけでは、見やすい木の外観は出来上がらない*1。他の内容の記事をとめない限り、どうにもエントリ単位で縦割りになったような、なんともいえないものが出来上がってしまうように感じる。エントリ単位、というブログのつくりに拘束されてしまう印象が強い。
 
 ブログは枝や花を素描するのには向いているし、そこについて議論するにも向いているけれど、もっと大きなところ----木そのもの、のような----を見やるには向いていないし、あまつさえ呈示するとなると、wikiやウェブサイトに比べてかなり不便そうだ*2。尤も、日替わりなブログをやっている人間が「アタシ、木が書いてみたいわ」とか「俺様の木をみやがれ!」と思うことのほうが間違いなのかもしれない。枝や花に焦点をあわせるのに向いた媒体なら、そういうものとして使ったほうがハッピーになれそうだ。ブログではこれからも、小さな部分の“お絵かき”を沢山描いて、集めて、堆積させていけばいいや。
 

*1:例えば、このブログのオタクの記事をただ集めただけでは、微妙にまとまりの悪い文章の束が出来上がってしまうと思う。

*2:そして世の中には紙媒体、というものもあるので、紙媒体と比べても多分向いていない