シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

ゲーム選び・アニメ選びについての例え話。

 
 例え話。
 
 マクドナルドに出かけてプロヴァンスのバジルチキンの香りを堪能しようと思っても、それはおそらく間違っていて、塩加減の出鱈目なポテトの味なんかを楽しんだほうが幸せになれると思う。
 
 懐石料理の店に出かけて焼肉食べ放題を期待するとしても、それもやっぱり間違っていて、小皿や椀物に込められた繊細な味加減を吟味したほうが幸せになれると思う。
 
 また女子大生のたむろするカフェテラスに出かけてこってり感のある食事を期待するとしても、これまた見当違いで、もっと野菜の多い、ヘルシーなレシピを期待したほうが不幸にならずに済むと思う。
 
 この例え話と全く同じことが、アニメやゲームやコミックといったコンテンツにも言えるような気がするんだけど、ある種の消費者はしばしば、マクドナルドな味付けのアニメに懐石料理の繊細さを期待したり、フランス料理のようなゲームに「気取っているうえにボリュームが無い」と毒づいてみたりするんだから面白い。いや、面白いというよりもかわいそうです。繊細な味わいを期待するなら懐石料理なりフランス料理なりの店に行くのが適当で、B級グルメを腹いっぱい食べたい時にはラーメン屋なりとんかつ屋なりが便利ということは食べ物の世界では常識なわけだけど、アニメ・ゲーム・コミックの世界では、ストイックなゲームをみて「このゲームは消費者を突き放している」と評したり、抜きゲーをみて「ストーリー性が希薄でなってない」とかいった見当違いな批判はまだまだ残っているようにみえる。それはオタクコンテンツのカラー分けが十分ではないからかもしれないし、「一見メロンのようで実はトマトだった」としか言いようのない意表をつく作品が時々出てくるからなのかもしれないけれども、不器用なことだなぁとは思う。
 
 フランス料理が食べたい時はフランス料理店に、イタリア料理が食べたい時はイタリア料理店に行けばいいように、泣きゲーがやりたい時は泣きゲーを、難度の高いシミュレーションゲームがやりたい時は難度の高いシミュレーションゲームを、確実に選べればこの問題は解決するだろう。しかし、嗅覚の鈍感さなり情報収集の甘さなりが祟ると、「ラブラブな学園モノ美少女ゲームを選んだつもりが鬼畜と残虐の世界だった」とか「とっつきやすそうなシューティングを選んだつもりが地獄の難易度だった」といった悲劇には遭遇してしまうことがあるし、幸か不幸か、わざとそういう仕掛けを盛り込んだコンテンツもなくはない。そんなこんなで、あっさりしたテイストを期待して、胃もたれするような弾幕シューティングに出会った時のうんざり感、みたいな現象は今でも発生しがちだ。食べ物屋のように方向性が明示されていれば色々困らないんだろうけど、わかりやすく明示したらしたで、今度は宝探しの面白みが無い・意外性がなくなってしまうと言い出す人も出てくるんだろうから、結局各自オタクは自力本願すべし、ということになるんだろう。そうなればやはり嗅覚の鍛錬と情報収集あるのみか。淡白な味を期待している時に中華料理店に入るような愚は、オタクコンテンツ選びでも避けたいものだ。