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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

キモオタの虚像が流通する背景に関して----粗悪なリアリティに抗する事の現代的困難さ

汎適

 
 
「アッコにおまかせ」の初音ミク特集があまりにもひどくて大騒ぎに - GIGAZINE
10月14日TBS「アッコにおまかせ!」で初音ミク紹介 : 【2ch】ニュー速クオリティ
 

陳腐なオタクのステロタイプをばらまいたTBS、受け取った視聴者

 
 TBSの「アッコにおまかせ」における初音ミクの恣意的な放送内容をみて、ふざけんなと思った人は、本当に沢山いるんじゃないかと思う。あの番組で提示されたステロタイプは、マスメディアで引用される勘違いオタク虚像の典型的なものであり、台詞もネタも人物も、全ては「オタク文化圏にいない人からみてわかりやすいオタク像」を強調する為に選ばれたものでしかなかったわけだ。あの放送において重要視されていたのは、初音ミクブームでもなければ、オタクの実像についてでもなく、ましてやDTM愛好家の創意工夫についてでもない。ひとえに「オタク文化圏の外側の、オタクという単語にネガティブイメージを持っている人達を満足させるに十分な、虚像を提供すること」にあったことは想像に難くない。そしておそらく、初音ミクという名前を番組で初めて知ったような視聴者の多くが、初音ミクのなんたるかを知ろうとせぬまま、オタクにも多様な生き様があることなど想像すらせぬまま、ただただ「やっぱりオタクはキモい」で済ませてしまったであろうことも想像に難くない。事実とズレていても、「なんとなく本当っぽい」リアリティさえあれば、そこで考えるのをやめてしまう視聴者のほうが、たぶん多いことだろう。
 

 しかし、私が今回の件で思いを馳せずにいられないのは、オタ叩き的なステロタイプの貼り付けと消費の構図は、何も、マスメディアだけの専売特許じゃないんじゃないの?という点である。今回のTBSのやり口が酷すぎるのは言うまでもないにせよ、こうした虚像の提示→消費という営為自体は、いつも私達がやっている事と大して変わりがないんじゃないか、という事を本件を通して思い出してしまったわけだ。
 
 

みんな、自分の知らない集団や文化圏にはレッテルを貼るのが大好き

 
 例えばDQNというネット用語。この言葉もすっかり普及した感があるが、このDQNに対するネット住人の皆さんのイメージというのはどういうものだろうか。もともとからして、『目撃ドキュン!』という、これまたステロタイプ大盤振る舞いのテレビ番組に端を発するDQNという言葉を用いる時、私達はDQNという単語に込められた様々なステロタイプ(粗野、後先を考えない、常識知らず、などなど)を念頭に置きながら、彼らの集団を眺めやるわけだ。この時の私達には先入観*1が拭いがたく宿っていて、対象となる個人がどうであるか、DQN文化圏の内側の個々のコンテンツがどうであるかを忖度することはあまり無い。いや、頑張れば出来なくもないが、その為には、内なる先入観との格闘が必要になるだろうし、最終的には、メディアを通したDQNのステロタイプ・虚像を留保したうえで、実際に彼らとコミュニケートしてみなければ色々と分からないことだらけだったりする筈である。だのに、ネット上で気軽にDQNという単語で誰かを指し示す時、私達は対象人物・対象グループがどうであるかはさておいて、ステロタイプと虚像のカテゴリーの内側に彼らを押し込めて、後は「うわぁDQNだ!DQNだ!」で考えるのをやめてしまいがちだ。語彙が既に宿しているステロタイプや先入観で対象人物・対象グループを包み込み、あまり考えぬままに虚像を消費し、あまつさえ舌なめずりさえするという構図は、オタクとコミュニケートする事もないままにマスメディアの垂れ流すオタクバッシングを楽しむ人々と、似ている所があるのではないだろうか。
 
 2chにおける、ウヨ、サヨ、団塊世代非難、やおい非難、などにおいても類似した有様を観察することが出来る。自分とはあまり縁の深くないジャンル・人種・文化圏に対して、ステロタイプな罵倒や非難を投げかける現象はどこにでも転がっている。自分達の所属するジャンル・人種・文化圏に対しては冷静に言及できる人でさえ、日常、コミュニケーションの機会を持つことの少ない「なんだか分からないけれども気持ち悪い、ような気がする」集団に対してはごく平然とキメェェェェという言葉を投げかけているのが実情ではないだろうか。そして、キモいという発言が共鳴を呈するような場面では、悪趣味なシンパシーに陶酔することさえ許容されるのだ。そのような状況下で流通するステロタイプや虚像は、事実に即している度合いの如何に関わらず、陰口を叩き合うには十分な程度のリアリティは提供してくれるようだ。
 
 

ステロタイプ・先入観・虚像に抗することの、現代的困難さ

 
 無論、情報発信メディアとしての責任という点では、今回のマスメディアの非道い報道と、2ちゃんねらーやブロガーによる偏見ステロタイプに則った諸発言とを同列に扱うことは出来まい。公正な報道を期待される大手メディアが平然と虚像を踊らせる図式は非難されて然るべきだ。それはともかくとして、この文章で私が強調したいのは、「大はマスメディアから小は2ちゃんねるやブログに至るまで、情報の送信者も受信者も、自分の知らない文化圏に関してはステロタイプや虚像に戯れることにあまりにも慣れすぎているのではないか」ということだ。自分が良く知らない文化圏や、自分がコミュニケートすることのない集団に対して、先行した情報フラグメントや選好されたイメージに基づいて、善し悪しや可否を判断したり噂話したりするのが私達の日常ではないだろうか。
 
 尤も、それは社会適応の様式として個人個人にとってはやむを得ない、むしろ必要な営みなのかもしれない。ポストモダン的状況下において、職業も趣味もコミュニティも世代も細切れになった私達が、いちいち全部の文化圏についてつぶさに調べてコミュニケーションしてから判断する・発言することなど、どのみち不可能に近いのだ。そんな負担に耐えられる個人などそうそう存在するわけがない*2。となると、あり合わせの情報----それはテレビに映っていた情報かもしれないし、wikipediaで覚えたばかりの知識かもしれないし、2chのニュー速スレで見かけた噂かもしれない----でガヤガヤ騒いだり、しかめ面をしたりする人々が過半数を占めることになるだろうし、(文化・職能・価値観・世代etcの)21世紀の果てしなき細分化が現にこうしてある限り、私達は見知らぬ文化圏・集団・コミュニティに関する虚像や先行イメージに群がっては消費してしまうのだろう。偏見を膨らませるのに十分な程度の粗末なリアリティさえあれば、幾らでも飛びつく人はいるんじゃなかろうか。
 
 今回、初音ミクにかこつけてTBSが垂れ流したオタクの醜悪なステロタイプは、いかにもふざけた内容だった。だが、あの程度の粗末なリアリティであっても、オタク文化圏の外の人達・初音ミクを知らない人達が消費するには十分なイメージだったのだという点には着眼しておこう。そしてこれは誰にとっても他人事ではない。例えばオタク文化圏の内側としかコミュニケートしない人の場合、他の趣味文化集団に関する粗悪なステロタイプを掴まされた時に、鵜呑みにせずに留保することは非常に困難な筈である*3偏見を膨らませるのに十分な程度のリアリティがあれば、幾らでも虚像やステロタイプに飛びついてしまう程度に、私達は愚かだ。そして、その愚かさから逃げきることは極めて困難だ。にも関わらず、現代の娑婆世界は多様に細分化されすぎ、しかも五月蠅いほどメディアが満ち溢れているのだ。
 

*1:それも、たっぷり選好されたやつ

*2:そして、わざわざ判断を留保出来る人というのは、それほど多いものではないし、特定分野で判断を留保出来るからといって、別の分野では全く留保出来ないこともあるのが人間の性だと私は考えている。万事にエポケーを設けられる人は、実に少ない。

*3:他の文化圏を知らず、モノカルチャーな生活をしていればしているほど、難度は高くなっていくことだろう。そこのところ、コミュニケーションの適応レンジを狭くしている皆さん、当然わきまえてますよね?