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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

脱オタ症例14(要約)

本家アブストラクト

 
症例14(汎適所属)
 
 今回紹介する脱オタ症例テキストは、高校生時代に脱オタを敢行した女性のお話です。
 
 Nさんは小学生時代の転居の影響なども重なって、コミュニケーションの不得手な女子として、小学生時代を滑り出します。ファミコンを通した一人遊びと、ファミコンゲームを題材にした二次創作活動を通してめきめきとオタク的処世へと突き進んでいくNさんですが、高校時代に入部した美術部で遭遇した女子オタク達は、Nさんとは異なる人々でした。すなわち、Nさんのオタク的処世とは縁遠かった、「やおい」「カップリング」を主軸とした腐女子集団だったわけです。
 
 コンテンツを愛好し、二次創作を行い、コミュニケーションが同族に閉ざされているという点までは共通している腐女子ではあっても、オタク的価値観の相違や近親憎悪も手伝ってか、Nさんは高校時代のオタクコミュニティでも必ずしも適応することが出来ず、グループの中心から少し離れた位置を浮遊し続けました。しかし、このことがかえってNさんを脱オタに駆り立てていきます。
 
 腐女子達の、周囲を憚らない内側に閉じたコミュニケーションへの嫌悪感からスタートした脱オタは、Nさんにおいては比較的スムーズに移行しました(勿論、様々な屈辱と失敗を内側に抱えながら、というのが脱オタにおいてはまだしもスムーズなほう、と私は理解しています)。この要因は様々考えられるわけですが、詳しくはリンク先をご一読ください。
 
 
 何度も何度もの繰り返しになりますが、いわゆる脱オタというのはオタク趣味をやめることではなく、近年のオタクにありがちな、コミュニケーション上の問題や処世術の窮屈さに対するアプローチ、と私は理解していますし、Nさんはそれを達成した、と理解することにします。Nさんが本当に欲していたのは、コミュニケーションや、人と人との間で自分もやっていける事・認められることであって、オタク趣味を憎悪することではなかった、ということではないでしょうか。脱オタを推進した後のNさんの述懐をみていると、私にはそんな風に思えてくるのです。