シロクマの屑籠

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オタク中年化問題(要約)

 
オタク中年化問題(汎適所属)
 ※詳しくは、上記リンク先をご覧下さい。
 

 オタク趣味愛好家達も、寄る年波に勝つことは出来ない。着実に中年化の道を歩んでいる。そして、オタクコンテンツの現在の主たる消費者としての1970年代以降に生まれたオタク達についてもそれが言える。
 
 1970年代生まれのオタクというのは、団塊ジュニア世代に該当する。この世代は小学校の頃からファミコンで遊ぶことができた初めての世代であり、「ナウシカ」「あだち充」「高橋留美子」に思春期の頃から触れる機会のあった世代でもある。ゲームオタクであればゲームハードウェアの、美少女コンテンツオタクであれば美少女コンテンツの、それぞれのオタク分野の発展と自分自身の思春期の進行が平行して進んだ、オタクとしてはある種幸福な世代だったと言える。そして10代後半〜20代のうちに、あの記念すべき「windows95革命」「エヴァと第一次萌えブーム」という熱狂を迎えている。
 
 だが、そんな彼らも今では30代前半〜20代後半という年代にさしかかっている。オタクコンテンツという、いわば永遠の思春期の祝祭の加速とともに生きてきた1970年代生オタク達も、いよいよモラトリアムの出口にさしかかってきており、「しのぐのが厳しく」なりつつある。とりわけ、オタク趣味にモノカルチャーな自己実現を期待していた層にとっては、オタク趣味以外の何者も持たないまま中年になるということは恐ろしくシビアな状況だろう。不幸なことに、1970年代生のオタクというのは、それより前の世代のオタクに比べて、オタクコンテンツの享受には不自由しなかった世代であり、同人やインターネットの普及によって、オタク趣味を通した自己実現の獲得が容易だった世代である。よって、他に生き筋が無かったからオタクになってオタクで居続けているという消極的選択者が少なくない*1。これに加えて、バブル時代のフリーターで“自分らしさ”な空気を存分に吸った挙げ句に就職超氷河期を迎え、仕事の面でも辛酸を舐めさせられた者が少なくないということが、問題を一層深刻なものにしている。恋愛でもコミュニケーションでも仕事でも自己実現のチャンスを獲得できず、オタク趣味界隈だけで自己実現と自意識備給を行わざるを得ないという境遇は十分同情可能だとしても、やはり現実は追いかけてくる。現実は酷薄だ。
 
 オタク達においても、現実には、終わらない思春期なんてものは存在しなかったのだ。思春期に終わらせるべきを終わらせずに、1970年代生のオタク達の思春期は終わってしまった!否応なく、容赦なく、思春期は終わってしまった。しかし、オタク趣味のトンネルのなかで楽しく過ごしていたオタク達はそのことが気付かなかったし、むしろ気付くことを避けてさえいたわけだが、もう時間切れの時は近いか、時間切れになってしまった。永遠の文化祭は、現実の側からいよいよ侵食されつつある、というわけだ。
 
 オタク中年化の時代が、いよいよ来る。既に見受けられる事例は、先駆けでしかない。本命は、1970年代がすっぽり三十代半ば〜四十代にさしかかった頃(2010年〜2015年頃)だろう。オタク達個人は、社会は、そうした時代への準備を済ませているのだろうか。思春期ゾンビとでも言うべき人々(または自分自身)との対峙を想定しているだろうか。中年の足音は、すぐそこまで来ている。もうあなたの背中まで来ている。
 
 (id:rag_enさんの指摘を受けて、こりゃ誤解されそうだと思ってちょっとだけ変更。PM21:45)
 

*1:だからこそ、オタク趣味を劣等とみるコンプレックスも強いわけである