シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

子どもが経済力向上の直接手段になるなら、貧乏でも子沢山になるだろうが。

 

家庭のサービス化と残される課題 - socioarc
http://blog.goo.ne.jp/funamushi2/e/11536be67be86b7fb434472b4565f18e
男性が結婚しにくいケース - pal-9999の日記
 
 上記リンク先のテキストを眺めた私は、「恋愛を結婚の試金石とする現代の配偶制度と、厳しくなるばかりの格差社会が続く限り、低所得者層の少子化は避けられない」と一層確信するようになった。結婚しようにも低所得がネックになって結婚しきれず、子育てにかかる負担がまかないきれないとすれば、結婚や子育ては一定以上の所得を持った人間だけの贅沢品のような位置づけになっていきかねない。というか多分そうなりつつある。この傾向がもしも加速するとしたら、“社会”というマクロレベルにおいてはさぞ深刻な事態を迎えそうである。
 
 エコノミーとコミュニケーションの両面において、現代都市空間の恋愛・結婚・子育ては極めてハイコストな営みであり、可能にする為のハードルは低くなく、適切に維持する為のコスト・リスクも小さくない。だが、もしも結婚や子育てがハイコストではなく、もっとローコストだったり、むしろハイベネフィットだとしたらどうだろうか。たぶん皆が配偶するだろうし、貧乏な人はとりわけ喜んで配偶することだろう。以下のテキストは、「ローコストな配偶・ハイベネフィットな配偶」について考えた“思考実験”である。念のため断っておくが、以下のテキストは「現代都市空間におけるハイコストな配偶」を強調するための思考実験でしかないし、思考実験内容は望ましいものだとも可能なものだと私は思っていない。だが、配偶や子育てというものについて考察を行う際の補助線としては、こうした思考実験も役に立つかもしれない。
 
1.かつての子育ては本当にハイコストだったのか
 まず、現代都市空間ではハイコストハイリスクな子育てについて。
 現代都市空間における子育てはとても大変だ。生まれた時から莫大なコストと手間暇を喰う。幼少期の子育てにおいて、ママ達は育児休暇をとって精一杯子育てに励み、それでもなお立ちいかないケースがあるほど苦境に立たされている*1。学費や塾通いに限らず、子どもに少しでも多くの選択肢を与えようとすればするほど経済的・精神的・肉体的負担は大きくなる。しかもそれだけの手間暇をかけたとしてさえ、ボタンの掛け違えが祟って一人息子が引きこもってしまう可能性は残存する。一人や二人の子どもを“確実に仕上げる”ことは十全なリソースがあってさえ容易ではない。
 
 だが、かつての日本ではこんな事は無かった、筈だ。昔の農村においては、(授乳期などにおいては相応に高コストだったにせよ)母親が子育てによって農作業から外れなければならない期間や度合いはそれほどでもなく、故に子育てにともなう経済的損失は現代のソレほどは激しくなかった。一定以上の成長を果たした子どもは、兄や姉、地域の子ども、親族などによってある程度までは世話して貰うことが出来たし、その過程のなかで村の掟や農作業の手伝いを学ぶことも出来た。両親が子育てに精神的・肉体的にコミットしなければならなかった度合いは相対的に小さく、子育てに経済的投資を行わなければならない度合いも、子どもの運命が経済的投資の大小によって左右される度合いも、現代よりは相対的に小さかった。“農村の農家に生まれ農村の農家に死す”という営為からはみ出さない限りにおいて、子沢山になることで両親にのし掛かる経済的負担はあくまで小さいものだった、筈だ*2。明治に入ってからも、次男以降を兵隊に出すとか、よく分からない都会に子どもを労働力として送るといった非情手段は残っていたわけで、両親の経済力を損ねずに子どもをもうける余地というものは確かに存在していた。
 
2.子どもが可処分な経済的財産だった時代
 子育てコストが小さかったばかりか、古い時代においては子どもを労働力として使役するだとか、子どもを換金するだとか言った手段があった点にも触れておかなければならない*3
 
 古い時代の農村においては、子どもは小さい頃から農業の手伝いを行ったし、それは農家の子どもにとっては働き方を教育される事にも直結していたので必ずしも搾取とは言い切れない側面を併せ持っていた。食い扶持の問題はあるにせよ、子どもは農業的収入を増やす可能性を持った存在であり、最悪の場合、売り飛ばしたり丁稚奉公に出したりすることも可能な存在だった。教育によって子どもの収入が変化し得る社会情勢が訪れるまでは、農村において子どもをつくっておくことは経済的にプラスの効果をもたらす様々な可能性を有していて、しかも邪魔になれば(様々な手法で)切り捨てることが出来たし、切り捨てたからと言って両親が人道的非難を浴びる度合いも小さかった。そうでなくても、飢餓が来れば弱い子は死を免れなった。かつての農村世界における「子は宝」というのは、経済力という視点からみて確かにその通りだったわけだし、子どもは両親にとって殆ど可処分に近い生産手段というニュアンスを併せ持っていた。多少の栄養失調があろうとも、子どもを増やしたいというインセンティブが夫婦を動機づけることは想像に難くない。
 

3.「恋愛不要」「結婚して当然」な社会的枠組み
 加えて、遠い昔の村社会は結婚して当然ぐらいの枠組みがあったことも指摘しておかなければならない。当人の意志や選り好みで成立した結婚が、かつてどれぐらいあっただろうか。顔もみたことのない配偶者と結婚した者がどれぐらいいただろうか。そして恋愛なる発明がどれぐらいの時期にどのような社会階層において開花したのだろうか。恋愛という高コストの競争を強いられることもなく、社会の枠組みがむしろバックアップする形で配偶が形成されていったことを思い起こしておこう。
 
 一般的な農村社会においては、宗教やコミュニティがお手伝いする形で配偶が形成されていった、と私は記憶している。現代都市空間においても(恋愛圧力だけでなく)結婚圧力は独身者にのしかかってはいるが、かつての農村においてはそんなものではなかった。とりわけ、家長としての立場を期待される長男などにおいてはさぞかし大変だったことだろう。配偶すべき人物は配偶すべき、という圧力が現代以上に様々な形で存在し、自由恋愛の介在なしに配偶が決定づけられていった、ということを見逃すわけにはいかない*4。もちろん恋愛など道楽人の奢侈でしかなく、competitiveな配偶競争にコストを投資する必要性も農村の人達にはあまり無かった。確かに、村のなかにおいても男女の選り好みというものはあっただろうし、配偶を左右する要因としてそれらは無視し得ないものだったにせよ、配偶決定において「選り好み」が占める割合は今よりも相対的に小さかったし、仮に選り好みがあるにせよ相手はごく周辺にしかいなかった(相手が周辺にしかいないということは、選ぶ側も選ばれる側も、現代ほど激しい恋愛軍拡合戦を行う必要性もメリットも無かった、ということである)。恋愛結婚にまつわるハイコスト性も少なく、societyの枠組みが配偶を手伝ってくれるという制度であれば、低所得者であっても配偶にまつわる諸々のコストをカットしやすい。少なくとも、恋愛という相互ディスプレイが義務化している現在よりはコストが少ないはずだ。
 
 往時の農村のように、恋愛という高コストな軍拡競争の必要性が極めて小さく、社会的枠組みによって配偶が後押しされる状況ならば、現代よりは幾らか配偶が促進され、少子化の問題も軽減したことだろう、と私は推測する。
 

以上は暴論で、実行なんてとんでもないと思いますが。

 ここまで読んで胸糞が悪くなった人も多いんじゃないだろうか。
 確かに、上記の1.2.3.が復活するなら両親の経済的負担は軽くなるかもしれないし、むしろ低所得者の配偶率・出生率は向上するかもしれない。だがなんと失うものの多いことか!低所得者を配偶と多産に動機づけることと引替えに、子どもの権利・子どもの教育的可能性・男性や女性の配偶しない自由・農村的束縛からの解放etcは失われてしまうことになる。「生まれてくる子ども達も、社会的枠組みから外れたマイノリティも、権利を尊重されない」という犠牲のうえで低所得者の配偶率・出生率を上昇させるというのは、許されることではない、と私は思う。
 
 それに、泣こうが喚こうがもう農村社会に戻ることなんて無理なのだ。現代都市空間においては、子どもは注意深く高いコストをかけなければ“使い物にならない”し、“ベビーシッターも仕事の手伝いもやってくれない”。まして子どもを搾取の対象としたり商品として売り飛ばしたりすれば、(先進国においては)ベネフィットを遙かに上回るリスクに直面する。結婚を促進・半ば強制する社会的枠組みも廃れてしまっていて、自由恋愛という名の軍拡競争と相互ディスプレイが配偶前提として取り扱われるようになってしまった。現代的な生活や価値観と農村的なシステムとは、おそらく両立させ難い。
 
 かつての農村における出生率・配偶率を取り戻そうと思った時、私達は1.2.3.のような、高い教育水準の民主主義社会においては不可能なファクターに遭遇し、うろたえずにはいられない。封建制度下の農村において、何の背景も導因もなく出生率・配偶率が高率で保たれたと考えるのは全く不適当だ――高い出生率・配偶率を動機づける背景として、子沢山になるだけの経済的インセンティブが両親に存在したこと*5・配偶圧力のある枠組みが存在したこと 等は忘れるわけにはいかないだろう。また、そうした経済的インセンティブに導かれた子沢山は、あくまで夫妻の経済的インセンティブには寄与するにせよ、個人の幸福や子どもの権利を第一義としたものではなかったということも記銘しておかなければなるまい。だが、現代の為政者は、これら1.2.3.を回避しつつ出生率・配偶率を高率に引き上げるという難題に直面しているわけだ。これは容易に解決するものだとは思えない。私見では、なるようにしかならないし、なるようになるんじゃないかな、と思う。
 

*1:この問題には、子育てのノウハウを教えてくれる人が常に身の回りにいるとは限らないという、核家族化・コミュニティ崩壊による影響も関与していると言えるだろう。参考:http://www.nextftp.com/140014daiquiri/html_side/hpfiles/adjust/konsan.htm

*2:ただし以下には注意しなければならない;こうした状況においては母親の身体にかかるリスクは現代よりも大きかった筈であり、且つ、嫁という立場にある彼女達には子どもという労働力産出が期待されていた筈である。とはいえ、http://shinshomap.info/theme/married_life_in_edo_g.htmlのような話もあるので、女性達は充分したたかに立ち回っていたとも推測されるけれど。

*3:同時に、出生にあたって障害を持っていそうな子どもや要らない子どもに対して対して間引き・堕胎が執行されていたコミュニティが多かった点も指摘したくなるが、紙幅の都合で今回はカットする。

*4:そして当人達もそれをある程度受容できる文化のなかで生活していたわけだ

*5:子育てがローコストで、子どもは経済力に直結していたこと