シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

脱オタ症例11

 
症例11(汎適所属)
 
 脱オタ症例の11番目は、若い男性のcase reportです。kさんは大学生であり、脱オタ症例報告のなかでは若年のほうに入ると思います。比較的若い脱オタ者の特徴として、
 
・オタク趣味に関する執着なり、オタクとしての因業なりはあまり強くない
・思春期が始まった頃のコミュニケーションスキル/スペックは必ずしも低くない、つまりスクールカーストにおいても低位とは限らない
・短期間で脱オタ
 
 といったものがありますが、kさんもそれに該当します。むしろ極めて大いに当てはまります。kさんにおける脱オタには、「コミュニケーションスキル/スペックにまつわるディスアドバンテージ」というニュアンスは殆ど含まれていません。また、オタク趣味によって補われるものも比較的少なく、他の趣味やスポーツなどと比較的併存する形でエロゲーもやっていたようです。オタク趣味が仮にkさんに残存していたとしても、案外kさんは何とかなっていたんじゃないかという気さえします。
 
 コミュニケーションや異性にアクセス出来ないオタク、という悩みの形態は、kさんには最早ありません。
 
 ただし、kさんは最後に気になる言葉を残していきました。

特に恋愛の部分が先に頭の中に出来上がってしまっているオタクは多い感じはします。
 「頭の中にある恋愛と違うぐらいなら、無理に付き合う必要もないし、焦らなくてもいいか」との考えが、特に恋愛していなくても危機感は正直生まれないにつながるのではないでしょうか。これはおそらくまともに恋をする前にフィクションを取ってしまった(ドラマか、漫画か各自違うでしょうが)ために起こるのでしょう。
ようするに先に頭に異性、恋愛があり、次に現実の異性、恋愛が来る感じです。先に出来上がってしまい、現実の恋愛、異性に違和感が生まれる、生まれたと言っていいかもしれません。私もあったと思います。

http://www.nextftp.com/140014daiquiri/html_side/hpfiles/otaken/case11_2.htm

 頭のなかの恋愛ができあがっている、という指摘は、果たして、“失われた十年”世代のオタクや非モテだけに通用するものでしょうか?私はそうではないと思っています。オタク界隈に存在するある種の恋愛観のようなものがオタクコンテンツやオタクの脳内補完だけに該当するなのか、時に振り返っておいたほうが良いのではないでしょうか。